プロローグ
魔法というものは、いったい何なのか。
それについて、追及した学者がいた。
魔法とは、洗濯に使うものである。
今までずっと、冷たい川に手を沈め、手の感覚がなくしながら洗濯していた。
魔法があれば、わざわざ川に行かなくても全て綺麗にすることが出来る。
魔法とは、料理に使うものである。
魔法があれば、包丁を握らずとも食材を切ることができ、竈に薪をくべなくとも、火をおこすことが出来る。
学者は、様々な魔法に関する資料を集め、分析し、討論した。
その結果、魔法は「人間の生活を楽にするもの」と位置付けられた。
____魔法の真価に、気づくことすらなく。
硬いベッドの上で寝ていたアリス・メルングは、窓の隙間から漏れた日差しで目を覚ました。
埃で曇った窓はぼんやりと光り、朝のさわやかさを感じるには程遠い。アリスはベッドから身を起こし、欠伸をした。
眠気眼のまま顔を洗うために家を出る。もう既に日は十分に出ており、家の近くの田んぼには、人影が見られた。
「おはよう、母さん」
「おはよう、アリス。顔を洗う?」
「うん、洗う」
川の近くにいた母に声をかける。
母は水属性の魔法使いであり、アリスの住む村の中では、貴重な人材だ。
母は、掌をかざし短く詠唱を唱える。すると、母の掌から水球が飛び出し、アリスの顔の前に浮上した。
「ありがとう、母さん」
「どういたしまして、さっさと洗ってしまいなさいね」
アリスの前に浮かんだ水球の中に顔を入れ、顔を擦る。水は冷たく、重かった瞼が開くようになった。
「ぷっはぁ、すっきりした」
水球は役目を終えたかのように、そのまま地面に落ちていった。
水球の中では息を止めていたため、少し息が上がっていた。息を整えていると、後ろから大きな声が聞こえた。
「おっはよう、アリス!今日は何の日か、覚えてるかぁ?」
声の主は父。炎属性に適性があり、快活な性格である。
「おはよう、父さん。心配しなくても覚えてるよ、魔法適正審査の日でしょ?」
魔法適正審査とは、その名の通り、どの属性の魔法に適性があるのか審査するものである。人間には必ず一人一つは魔法に適性があり、魔法使いの一族や貴族などの、優秀な血族からは稀に二つの魔法に適性がある人間が生まれる。
その季節に10歳になる子供が行うもので、魔力量などの診断もされる。魔力量も血族に左右されるものであり、アリスの父と母は共に標準的な魔力量である。
「いやぁ、アリスのマリンブルーの瞳はお母さんに似ているからなぁ。母さんと同じ水属性か?いやぁ、でも性格は父さんに似ているしなぁ、炎属性だってこともあり得るぞ!」
自分の子の属性にワクワクする父。……もしかしなくても、父は親バカである。
「ん、そうだね。私も今から楽しみ!」
「そうだな!アリスはどの属性がいい、だとかあるのか?」
属性は7つあり、炎、水、草、土、風、光、闇がある。魔法は家庭での役割や、村での役割を決めるという、とても大切なものだ。
「あたしは……。うん!風がいいな!」
「おぉ、風なのか!風属性になれるといいな!」
太陽が空の真ん中に昇ったころ。
「よぉーし、これから街に行くぞ!」
魔法適正審査は、アリスの住む村ですることはできず、近くの街まで行く必要がある。
「んー、忘れ物とかないかなぁ?あうっ、魔力がなかったらどうしよう……」
「はっはっは、魔力がないなんてことはないさ!人間全員魔力はあるものだからな!そんなに気負わなくても大丈夫、たとえ闇だとしても父さんたちは全力でサポートするぞ!」
……闇属性。それは、ほぼ持たれていない属性だ。相手にデバフをかけるという、ほぼ使われることのない属性だ。ただ、騎士団などには必須の属性らしく、もし闇属性ならば、騎士団に買い取られ、ずっと国
の奴隷として扱われる。
「んー……そうだね!まぁ、まさか闇属性になるなんてことはないだろうし、大丈夫だよ!」
街までは時間がかかり、徒歩ではなんと5時間かかる。では、なぜ正午に出たのか?それは、魔法適正審査では、前夜祭というものがあり、10歳になった子供とその親には、身分や立場は関係なく、全員に豪華な料理が振舞われるからだ。街に早くついても時間をつぶすことはできないから、少し遅めに家を出発し、料理を食べるというのがセオリーになっていた。また、魔法適正検査に参加する人全員に宿が準備される。それは、前夜祭の次の日に検査を行うからだ。
そんな至れり尽くせりな行事なので、毎年魔法適正審査に参加する家は羨望の目で見られる。
「とりあえず、料理が楽しみだなぁ!どんなものが出てくるんだろう?」
「本当においしいものばかりだからな!とはいっても、父さんが参加したのはもう10年以上も前だが……。料理のクオリティは変わっていないはずだ!一流の魔法使いが料理に参加しているからな!」
一流の魔法使いがいれば、風属性魔法で食材を程よくカットできるし、火属性魔法で、外だけカリッとなんてこともできてしまう。魔法とは、本当に便利なものなのだ。
「じゃあ行ってくるぞ、母さん!」
母さんは畑や家のことがあるので、お留守番だ。
「えぇ、いってらっしゃい!楽しんでくるのよ!怪我には気を付けてね!」
「はぁーい、いってきまーす!」
「いやぁ、にしてもアリスはもう10歳か……この前まで赤ん坊だったのになぁ!」
父さんに肩車されながら、アリスは反論した。
「もー、もう10歳だよ!いい加減子ども扱いしないでよ!」
「はは、悪い悪い。アリスももう大人の道を歩き出したんだなぁ……」
こうなった時の父さんの話は聞かなくていい。あたしのことを褒めるか、母さんのことを褒めるかしかしないのだ。まともに聞いていたら、カロリーを消費してしまう。
「はいはい、わかったから!父さん、ちゃんと歩かないと迷子になっちゃうよ!」
「ははは、そうだな!父さん、方向音痴だから、もしかしたらもう迷子に……」
「んもー!美味しいのが食べられなくなっちゃうじゃない!」
街へと向かう道には、幸せが満ち溢れていた。
太陽がもう沈みかけたころ。アリスたちは、小高い丘の上に立っていた。
「よぉーし、街が見えてきたぞ!あれがレペタール……辺境伯が直接治める、この国の都市の一つだ!」
街をぐるりと囲むように作られた城壁、街の中央に建った大きな時計塔、レンガでできたたくさんの家……。それら全てがアリスにとって新鮮なものであり、まるで別の世界に来たかのようだった。
「わ、綺麗……」
夕焼けに照らされた街はやけに綺麗で、レンガの茶色に夕焼けのオレンジ色がよく映える。間違いなく、この街がもっとも美しいのは、この夕方であった。
「うん、本当に綺麗だ……。このレペタールは辺境伯が直接治めているだけあって、とても人が多いんだ。父さんたちが作った野菜や稲はここに運ばれて、そこからいろんな国や地域に旅立っていくんだぞ。父さんたちのおかげで、ここはこの国で一番の農業国なんだ!」
父さんがまるで誇らしげに語る。ここは父さんが作ったものじゃない。それでもこんなに誇っているのは、ひとえに領主と領民との距離が近く、仲がいいことにある。
「領主様は俺たちと同じで農民の仕事もしているからな、本当に優秀な草属性魔法使いだ!俺たちはそこまでレペタールに関係していないのに、たまにここに来ると、嬉しさが胸にこみあげてくる……」
感傷的になった父さんの話は絶対に聞かなくていい。同じような内容をひたすら繰り返し、「あぁ、よかったなぁ」などをずっとぶつぶつ呟いている。怖い。
「父さん!もう前夜祭まで時間がないでしょ!早く行こう!」
アリスが不満げに言うと、父さんはあっ!と叫んだ。
「そうだった!早く行かないとだな!しっかり掴まってろよ~!」
と言うと、急に全速力で走り出す。
……いや、こわっ!めちゃくちゃ振り落とされそう!




