願いの鍵
漆黒の宇宙を飛行する宇宙船……。地球を飛びだして一ヶ月が経過した宇宙船には、リュウとケイタ、二人の男が搭乗していた。二人は広大な宇宙への探求心と野心を抱きながら宇宙船を操縦していた。
宇宙船の機能はよく整備され、亜光速の推進力を生みだす機関部はとどこおりなく力を発揮していた。
やがて行く手に一つの恒星とそれを巡る惑星が見えてきた。休息の為にその惑星を二人は目指した。
「観測装置の結果は?」
操縦桿を握るリュウが隣のケイタに訊くと、
「大気組成に問題はない。着陸モードに移行する」
とケイタは応えた。
機体は降下しながら大気との摩擦熱で高温になった。胴体から伸縮性の翼が拡張し、揚力を得た機体は惑星の地表の上を滑空する。
着陸ギアが地表に触れた瞬間、わずかな振動が機体に伝わる。翼と胴体の背の部分にスポイラーが直立し、空気抵抗で機体は減速すると、やがて船は静止した。
「あれは?」
ケイタが言った。コックピットの観測窓から見える視界の先に、こちらにやって来る人影が見えた。
とぼとぼと、近づいてきたのは古代ギリシア人のように衣をまとった杖をついた老人だった。
リュウとケイタは船体から地表に伸びたタラップを降りると宇宙船の機首の下で老人に挨拶をした。
すると老人はのびた頭髪とたくわえた髭の顔でリュウとケイタを交互に見て、
「旅のお方、この星に何の用じゃ?」
リュウが言った。
「われわれは宇宙の果てをたどるつもりで旅をしているものです」
老人は手にした杖で、コツコツと宇宙船の機首を叩くと、
「亜光速の船か、これじゃ無理じゃろ」
ケイタが言った。
「あなたは宇宙船には詳しいのですか?」
「詳しいかって? 昔はわしも色々乗ったものじゃ」
それから、老人は驚いたことに宇宙船に関する多彩な知識を話し出した。リュウとケイタは顔を見合わせた。
「向こうの倉庫に補修部品が色々とある。必要なら持っていくといい。ついてらっしゃい、うまいコーヒーを淹れよう」
老人の家でリュウとケイタはひとしきり話したあと、礼を言っていとまを告げた。
「これをお前さんたちに差し上げよう」
と言って老人は別れ際に真鍮色の鍵を差し出した。
「なんです?」
リュウが怪訝な顔をすると、
「願いごとをかなえる鍵じゃ。握りしめて願いを口にすると、望みが実現する。ただし願いごとは三回までじゃ」
二人は半信半疑だったが、
「そうですか、ありがとうございます」
と言って、リュウがその鍵をポケットにしまった。
轟音とともに宇宙船は滑走し、大気圏を抜けて、惑星をあとにした。
「変わった爺さんだったな」
操縦桿を握りながら、リュウが笑った。
「風格はあったな。宇宙の世捨て人だ」
ケイタが応えた。
船は遠方の銀河を目印に速力を増していた。宇宙船は自動航法モードになっていた。
「宇宙は退屈だ」
リュウがつぶやいた。
「どこかに美女とごちそうが用意されてるオアシスでもあればな」
と、ケイタが言って笑った。
「そりゃ、いい! そうだ、爺さんにもらった鍵を使ってみよう」
リュウが言うと、ケイタは呆れて、
「信じるのか?」
「ものは試しさ」
リュウは言って、ポケットから取り出した鍵を握って呟いた。
「美女とごちそうが現れますように」
それからしばらくは別段、何事もなく、コクピットは平穏だった。と、突然、制御卓の甲高いアラームが鳴り響いた。
ケイタが言った。
「前方に障害物!」
リュウは自動航法モードを解除し、姿勢制御ロケットを噴射させると、進路を変更した。前方の空間に照明を向け、障害物の確認に意識を集中した。
すぐに船の探査機能が並走して漂っている物体を発見した。物体は貨物コンテナに見えた。
コンテナを宇宙船内部に回収して中を改めると、人工冬眠装置に収まった女性二人が現れた。
「願いが天に通じたな」
リュウがニヤリとした。
女性二人は裸体に近い格好で、年齢は二十代前半に見えた。三十分後、リュウとケイタの人工冬眠装置の蘇生操作により、二人の女性はにっこりして起き上がった。黒髪の女性がリュウの腕を握って引き寄せると、濃厚なキスをした。それを眺めていたケイタにもう一人の赤毛の女性が抱きつき、やはり濃厚なキスをした。それから男ふたりは久々の営みに時間を忘れた。
女性二人は船内の貯蔵庫の食材で料理を作り、リュウとケイタに提供した。食事が終わると、またキスの嵐。二人の飛行士はしばらくの間、この恵みに没入したが、やがて怠惰な行為に飽きを感じるようになった。
「ケイタ、こんなことに埋没するために俺たちは宇宙船に乗っているのか?」
リュウが顔に豊満な乳房を押しつけられながら言った。
「俺もそれを考えていたところだ」
ケイタがキスを拒みながら応えた。
二人はモラリストではなかったが分別はあった。自分たちは宇宙の深淵をたどるために船に乗っているのではなかったか。
二人の飛行士は女を遠ざけると、リュウが鍵を握った。そして呟いた。
「もとの静かな宇宙船の環境にもどしてくれ」
変化は一分とかからなかった。
二人の女はつるりとした質感のマネキンに変貌し、その場に転倒した。
船内に静粛が戻った。
宇宙船はさらに宇宙の深淵を目指して突き進んでいた。恒星が誕生しつつある空間をぬけ、銀河団どうしが衝突する空間も通過した。
すると前方に星の輝きの見えない、暗い空間と遭遇した。船の光学装置も役にたたなかった。
「ここが深淵、宇宙の果てなのか」
リュウが言った。
コンピューターのディスプレイ画面を見ていたケイタが言った。
「だめだ、解析できない」
リュウが鍵を握った。
「これで最後ならば、地球へ帰りたい!」
その瞬間、前方に地球が出現した。
がちゃり、と音がして、ミニチュアの宇宙船が木箱の開いた蓋にぶつかった。
のびた頭髪とたくわえた髭の老人が箱の中に落ちたミニチュアの宇宙船を取ると、それを振って中から鍵を取り出した。そして二体のフィギュアのついたミニチュアの宇宙船を木箱の中にまた入れた。木箱の中には他に幾つものミニチュアの宇宙船が転がり、そばには壊れた地球儀が無造作に捨てられていた。
老人は、木箱の蓋を閉めると、鍵穴に真鍮の鍵を差し込んで施錠した。
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