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サクサク読める短編集

Aの最期は誰も知らない

作者: 2626
掲載日:2026/05/29

 失礼、少しばかり火を頂けませんか。

申し訳無い、ライターを忘れてしまって。


 ……おや、これは何て立派なジッポーですか。

いえいえ、違うんです、感動してしまったんですよ。

今時はこうやって一服することも、とにかく肩身が狭くなって。

我々のような古い人間は、こうやって隠れて細々とたしなむのが精一杯になりましたねえ。

ええ、ええ、全くです、もう時代の流れには付いていけません……。


 おや!

これは失敬しました。

私は田中良夫と申します。

しがない定年間際のサラリーマンですよ。

実家を片付けに来たんです。

もう長いこと、誰も住んではいませんから……。


 ああ、これは名刺までありがとうございます。

えっ!?

何てことだ、これは重ね重ね失礼しました。

大学で教鞭をお取りになっているような民俗学の先生だから、この村なんかにお一人でフィールドワークにいらっしゃったんですねえ……。


 ああ、私ですか?

私は、この停留所からバスを乗り継いで、家族のいる都会に戻ろうと思っておりまして。

田舎の停留所ってのは、全く、いけませんね。

一時間に一本、バスが来ればまだ良い方なんだから。

しかも一本でも乗り過ごしたら、こうやって最終便を待つしか無くなる。

夏はあそこの街灯に虫がたかってくるし、蝉が喧しいの何の。

おまけにこの村は雪が山ほど降るんで、そうしたらバスも遅れるからずっと凍えていましたっけね……。


 それでも、私の幼い頃は今頃の季節、こうやって夜になったらあの用水路の上を蛍が綺麗に飛んでいたし、冬はかまくらを作ったりして遊んだっけなあ……。


 あっ、いけないですよ先生。

貴方はとても話がお上手だ。

私なんて大して話せることなんかありませんのに、ついつい話したくなってしまう。


 ……そうですねえ、先生。

私はこの村で生まれて、この村で十八まで育ちました。

もう跡形もありませんが、この道をしばらく行った先に小さな病院があって、そこで生まれたんです。

大学に受かってから都会に出て、それから冠婚葬祭以外ではこの村に戻りませんでした。

私の三つ下に妹がいるんですが、妹も同じです。

親父もお袋も、絶対にこの村からは逃がしたかったんでしょうねえ。

あの頃は『女が大学に行くなんて嫁のもらい手が無くなる』と村中から随分と馬鹿にされましたけど、妹は都会で起業してね、ついこの前まで大きな会社の社長をやっていました。

今は姪っ子に社長を譲って、外国でのんびりやっていますよ。


 ええ。

そうです、先生。

親父もお袋も、私達兄妹を生まれ育ったこの村からどうにかして逃がしたかったんですよ。


 違いますよ。

別にこの村におかしな言い伝えがあるとか、壊しちゃいけない祠があるとか、祟り神の生贄にされかけたとかではありません。


 ですけれど、先生、あくまでも私達に言わせればですが。

そう言った輩とは種類が違っているだけのおぞましい存在が、この村には長いこと君臨して支配していたんですよ。



 田舎の村の選挙制度なんてね、有って無いようなものなんです。

だって村中が大昔からの縁故みたいな関係なんですから。


 私がお袋から聞いた話ですけれどね、大昔にはこの村には奇病が存在していたそうです。

感染症とかじゃない、近しい間柄での婚姻が繰り返された結果誕生した、本当に珍しい遺伝子の病気だったそうです。

きっと今でも記録に残っているんじゃないでしょうか。

先生が大学に戻られたら、是非お調べなさって下さい。




 ――とは言え。

先生も、いつだって病気よりも人間が恐ろしいものだとはご存じでしょう?




 昔、曖昧な選挙で選ばれた村長……そうですね、Aとしておきましょうか。

このAがとんでもない男だった。


 今時分なら『パワハラ』という言葉がありますけれどね、昔は存在していなかった。

それでもパワハラという言葉が指し示す行為まで存在しなかった訳じゃない。


 六人です。

Aが村長だった時に、村役場の職員で心を病んで退職した人間の数です。

流石に都会でもこの人数は珍しいと思いますよ。


 でもね、Aは割と村民には評判が良かったんです。

記録から見ても、そんなに大きな失政をやっている訳でも無い。

Aが村長だった時、この村はずっと変わらずにやって来た。

もっとも、長年変わらずに来た結果が、先生もご覧の通りですよ。

間もなく人のいない廃村になりますけれどね……。


 Aは有能だったのかって?

いいえ、先生。

Aほど頭の悪くて無能で下品な人間は、私は知りませんよ。


 これはAが任期満了で村長を辞めた後の話です。

村長として活躍した記録をまとめて、自費出版したいと言い出したそうなんですよ。

ええ、村の議事録からパワハラの文言を削除して美辞麗句だけを抜き出して……「俺はこんなに立派なことをしたんだ!」って威張りたかったのでしょうね。


 とは言え、ここまではAの自由です。

その自費出版した本の大量の売れ残りを、村で全部買い取って全戸に配布しろと言い出さなければね。


 いえいえ。

この程度で驚かれては困りますよ。

まだまだあるんです、先生。

Aがやらかした事案の数はこの程度じゃ済みませんから。




 一番の被害を受けたのは私の親父です。

丁度、村役場で、村長、副村長、議長、副議長の次に責任のある立場の職員だったから、Aの被害が直撃したと言っても良いくらいでした。


 Aはね、大人の男相手にも怒鳴り散らしたし、物を投げつけることもざらにありました。

とにかく自分の意見を押し通そうとするんです。

それがどんなに間違っていても決して認めない。

その癖、部下の手柄は自分の物として抱え込む。


 俺が。

俺が。

俺が。

俺が。

俺が。

俺が。

本当はやることなすこと失敗する無能の癖に、失敗の清算だけは部下に押しつけて。




 ところで、先生はホホイモって知っています?

……やはりご存じなかったですか。

ある病によく効くって話の芋なんです。

私の若い頃、流行ったのですよ。


 簡単に育つしすぐ増えるから、この村の特産物になると思ったんでしょうね。

Aは公金をつぎ込んで、この村で手広く栽培させました。

あそこのね、もう暗いし、すっかり荒れ地になっていますけれど、あの辺りも一面かつてはホホイモの畑だったんですよ。

川の向こうに、Aはホホイモの大きな加工工場まで作らせたんです。


 でもね、そこまで金をつぎ込んだのにも関わらず、ホホイモは全く売れませんでした。

どうしてと思われるでしょうが、これには当然の理由があるのです。


ホホイモがあの病に効くくらい効果を出すには、毎食バケツ一杯は食べなきゃいけない。

元々の味も不味いし、保存も利かない。

成分だけを抽出して、薬にも加工する技術もこの村には無かった。

そもそも販路も確定させずにAはホホイモを栽培させたんです。


 よく考えれば分かったことです。

確かにあの頃ではホホイモは流行っていたけれど、誰もホホイモ栽培で儲けてなんていなかったのですから。


 数年後に残ったのは、不満と、大量の腐ったホホイモと、何の役にも立たない加工工場だけでした。




 その責任を一切合切押しつけられたのは、私の親父でした。

親父は、ホホイモなんて何の役にも立たないことを何度も訴えたのにです。




 親父は酒に逃げました。

私のように、元々は全く酒の飲めない男だったのですけれどね。

あの時代だから辛うじて許された酒の飲み方ばかりしていたっけ……。


 先生、親父に同情して下さるのですね。

息子の私が代わって言うのもおかしいですが、ありがとうございます。



 ……このままでは良くないと思ったのでしょうね。

あるいは私達に自分と同じ道を辿らせたくなかったのか。


 親父とお袋は、進学を口実にして私と妹を村から逃がしてくれました。

だから、ここからは聞いた話になるのですが……。




 Aは村長を辞めた後も、親父にしつこく絡んできたそうです。

あれだけ散々威張りちらした所為で、親父以外には誰も相手にする者がいなかったからでしょうね。

一日に三回も電話を掛けてきて、でも話の内容はいつも同じ村長時代の自慢だけだったそうです。


 親父もお袋もこれには本当に辟易しましてね。

だってAには妻子がいたんですよ。

部下にはあれだけ威張りちらした男なのに、妻には頭が全く上がらなかったようなのです。

絡むなら妻子に絡めば良いのに、どうしてあれだけ痛めつけた親父に相手して貰えると思ったのか。

今でも私は理解に苦しみます。




 その内に、Aはボケてきたのでしょうね。

大声で夜中も怒鳴るようになって、失禁するまで飲むようになって、約束を忘れるようになって、かなりの頻度で補聴器を無くすようにもなったそうです。

最期は……知りません。

親父達が語らなかったってことは、恐らく良い死に方はしなかったのでしょう。




 おや!

先生、あれを。

見て下さい、蛍です。

もう死に絶えたと思っていたのに……。

……本当、綺麗ですね。

親父とお袋と一緒に、手を繋いで見たなぁ……。

妹がはしゃいで用水路に落ちて、大騒ぎになって……。


 いけない、つい。

どうか煙が目に染みたと思って下さい。

年を取ると、何かと涙もろくなっていけませんね。




 ああ、丁度バスも来ましたね。

先生、足下にはくれぐれもお気を付けて。

この道は深い用水路に面していますから、うっかり落ちてしまうと本当に大変なんです。




 ええ、ええ。

夜になればこの道は人通りなんて全くありません。

ましてや酔っていたりしたら、絶対に助かりはしませんからね。

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― 新着の感想 ―
 ホホイモが忘れられそうにありません。  凄くどストライクでした!  拝読させて頂き有り難う御座いました。
うっかり…
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