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獣の恋

鳴いた鳥

作者: 夜乃桜
掲載日:2026/02/09

始まりは夜の森。脚を傷つけられて、木陰に潜む一羽の雌の鳥がいた。

森では人間たちの狩りが行われていた。鳥は隠れていたが、矢筒を背負った人間に見つかった。どうにか人間から逃げだせたが、脚を傷つけられた。その傷は深い。


(どうしよう)


鳥は途方にくれる。

森には癒しの〈チカラ〉がある。おとなしくしていれば、明日には傷は消えている筈だ。

しかし、人間たちはまだ森にいる。見つかれば、無事ではすまない。

そう思っていたら、矢筒を背負った一人の男が、鳥の前に現れた。警戒して、鳥は身構える。


「……ケガしているのか?」


男はそんな警戒する鳥をよそに懐から薬草と布を取り出した。

鳥は驚いた。あろうことか、男は鳥の手当てをしたのだ。


「手負いの獲物を仕留める気はねぇよ。他の人間に見つかんないように気をつけな」


手当てを終えた男は、鳥を抱きかかえた。そして、他の人間に見つからないように、鳥を茂みに隠した。そして、男はその場から立ち去ろうとした。


「(ーーーー)」


去りゆく男に、鳥が鳴く。男は驚いて振り返る。

この時何故、自分が男に声をかけたのか、鳥はわからなかった。


「じゃあな」


困惑している鳥に、男は優しく笑った。


(変わった人間)


去っていく男の背中が見えなくなるまで、鳥は見続けた。



人間たちが森からいなくなった後日。あの男のことが思い浮かぶ。

手負いの獲物を仕留めることをせず、手当てをした変わった人間。その男のことが、鳥の頭から離れなかった。月日が経つほどにあの男を強く思い出す。


(……そうだ。会いに行こう)


何故、あの男をこんなにも強く思い出してしまうのか。あの男を思い出すたびに締めつける胸の痛みに、会いたいと願うこの気持ちも、わかるかもしれない。

鳥は〈森の神〉の〈チカラ〉を借りて、人に化けてあの男の元に向かった。



月のない、寒い夜。

男が一人寂しく家で過ごしていると、誰かが家の様子をうかがっていることに気がつく。不審に思った男は棒を手に飛び出した。

そこにいたのは、二十歳にも満たない美しい一人の娘。


「……俺の家になんか用か?」


男は娘の美しさにしばし見とれていたが、我にかえり娘に問いかけた。

問われた娘は、慌てて逃げようとした。男は逃げようとする娘の手を捕まえる。


「おい、お前は何故俺の家を覗いていた?泥棒でもしようとしてたのか?」


娘は首を横に振り、否定する。


「なら何故、こんなところにいた?」


娘は口を開くが答えることができなくて、下をむく。


「……お前、もしかして喋れねぇのか?」


娘は小さく頷く。


「……とりあえず、泥棒じゃないなら家に帰れ。お前のような若い娘が夜に出歩くな」


男は捕まえていた手を離す。しかし、娘は一歩も動こうとしない。


「……帰る場所がねぇなら、俺のところに来るか?」


一向に動こうとしない娘に、男はそう提案していた。娘は返事の代わりに男の手をつかんだ。



それから、男と娘の生活が始まった。

娘は甲斐甲斐しく、嬉しそうに男の世話をした。一生懸命に働いて、男を喜ばせた。

男も娘のために働いた。娘に着物やお菓子などを贈り、娘を喜ばせた。

そんな生活が半年ほどたった夜のことだった。


「なあ、俺の嫁にならねぇか?」


縫い物をしている娘に男が言った。娘は驚いて、針を手に刺してしまった。

チクリと痛んだ娘の手を男は取った。男は針でついた娘の小さな傷をなめた。


「俺の嫁になるのは嫌か?」


男は娘の顔を覗き込む。娘の顔は真っ赤で目を潤ませていた。

娘は嬉しそうに笑うと、男の唇に自分の唇を重ねた。それが娘の返事だった。

男と娘は周りの者が羨む仲の良い夫婦となった。男と娘は幸せだった。

男はこの幸せが永遠に続くと思っていた。娘はこの幸せが長く続けられることを願った。

しかし、男の思いも娘の願いを叶うことはなかった。



ある日。森に狩りに出かけた男の帰りが遅いことに不安になった娘は森に向かった。

森の近く、しゃがみこんで履物を結びなおしている男の姿を、娘は見つける。安心して男に近づこうとした時、男の後ろに野犬がいた。今にも野犬は、男に飛びかかろうとしていた。


「(ーーーーー!!)」


娘は声をあげた。男が驚いて顔を上げると同時に、野犬が男に襲いかかった。

襲い掛かる野犬を咄嗟に避けた男は、弓で野犬を仕留めた。

息絶える野犬を余所に、男は呆然と娘を見た。


「……お前……あの時の鳥なのか?」


男の言葉に娘の眼から涙が零れた。

娘の口から出た声は人の声ではなかった。かつて男が森で聞いた鳥の鳴き声だった。

娘は否、鳥は〈森の神〉との約束があった。

鳥は森の中で一番美しい鳴き声を持っていた。〈森の神〉は鳥を人に化ける〈チカラ〉を与える代わりに鳥に条件を出した。

何があっても鳴かないこと。もし、鳥が一度でも鳴けば、人に化ける〈チカラ〉を失い、本来の姿に戻ってしまう。

そうなれば、男と共にはいられない。それが〈森の神〉との約束であった。

約束を破ってしまった鳥は静かに涙を流した。


 「(ーーーー)」


鳥は別れを、男に告げた。


「……待て!」


男がひきとめようと駆け寄るが、鳥は飛び去ってしまった。


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