第24話 斜光のノクターン
一行は西を目指し、王都を発った。
目的地はハベル山――ゲイルのいる場所だ。
だがその道中、彼らは産業都市ラベリアに立ち寄ることになる。
街は目前だった。
目的地は近いが、ここで一度、態勢を整えておきたい。
そう考えるのは、パーティ全員に共通した判断だった――
ただ一人を除いて。
「マリー、何やってんだ?」
門の前で立ち止まるマリーに、ルアが声をかける。
彼女は一行から少し距離を取り、街に入ろうとしなかった。
「なんかさぁ、
今日は野宿って気分じゃない?」
「何言ってんだよ?
目の前にこんな立派な街があるのになんで野宿?」
当然のように、満場一致で野宿案は却下される。
「お前、この街に何かあるのか?
入りたくない理由とか…」
「べ、別にー?」
どう見ても怪しい。
しかし一人だけ野宿をするわけにもいかず、
結局マリーも渋々と街に入ることになった。
マリーは魔導帽を目深に被り、
ルアたちの背後に隠れるように歩く。
人目を避けるようなその態度は、逆に目立っていた。
「あ、気にしないでね」
呆れたような視線を向けながらも、
ルアたちはあえて何も言わない。
マリーの事情については、ひとまず保留だ。
一行はゲイルのもとへ向かう前に、薬屋で良い薬がないか見に行くことにした。
薬屋に入った、そのときだった。
買い物を終えた一人の老紳士とすれ違う。
彼はパーティの後方で足を止め、ゆっくりと振り返った。
「マリーお嬢様!?」
その言葉に全員が振り向く。
「あ…セイン。
ひ、久しぶり〜」
マリーはぎこちなく笑い、薬屋から出ようとする。
「待て、マリー」
ルアの声に、マリーの身体がビクッと跳ねた。
「どういうことか、聞かせてもらおじゃないか」
悪戯心を隠そうともしないルアの笑み。
マリーは観念したように肩を落とした。
場所を移し、静かな料理屋に入る。
「お嬢様、五年ぶりですね。
皆様も、いつもお世話になっています」
物腰の柔らかな老執事・セイン。
対照的に、マリーはどこか不貞腐れた表情を浮かべている。
「えっと…マリーがお嬢様ってのは知ってたんだけど、
いつもはぐらかされてて」
「改めてご紹介を。
私はファルネス家に仕える執事、セインと申します」
「ファルネス家…なんか凄そう」
「この産業都市ラベリアは、
三つの産業を柱とした街でございます。
精錬業、加工業、貿易業。
そして、それぞれの産業で財を成した三大貴族が、
この街を支えています」
「その内の一つがマリーの家ってことか」
「ええ。
ファルネス家は代々、精錬業を担っております」
「本当にお嬢様だったんだな。
で、なんで家出なんかしたんだよ?」
「色々ねぇ。
やっぱお嬢様って自由ないし、
あたしには合わないっていうか…
まあ、そんな感じ?」
「セインさんは、マリーを連れ戻したいの?」
「当主アルザン様、つまりお嬢様のお父様は、
それを望んでいます」
「そりゃそうか」
「私は無理にお嬢様を連れ戻す気はありません。
ただ…」
言葉に詰まるセイン。
「どうしたの、セイン?」
「お嬢様、お義母様が病に倒れられました」
「アイラさんが!?」
「ええ。私が薬屋に来たのも、
アイラ様のお薬を買いに来たのです。
ファルネス家に戻ることは別として、
一度お顔を見せて差し上げてはもらえませんか?」
「…」
マリーは、仲間たちがこれまで見たことのないほど複雑な表情を浮かべていた。
「マリー、どうする?」
「…ちょっと、寄ってってもいい?」
ファルネス家の屋敷は、街の中でもひときわ存在感を放っていた。
マリー以外の面々は客室に案内され、待つように言われる。
豪奢な内装に落ち着かない時間が流れる。
やがて、廊下の向こうからマリーとセインの声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょい待ち!
マジで言ってんの!?」
「マジでございます、お嬢様」
「こんな格好で出られないって!」
「お似合いでございますよ、お嬢様」
「そうゆうことじゃないから!
って、ちょっと!?」
押し出されるように姿を現したマリー。
トレードマークの魔導帽は髪飾りに変わり、
髪は綺麗に束ねられている。
いつものラフな服装は、
青を基調とした清楚なドレスに替わり、
派手だった装飾品も、品のあるものだけが残されていた。
初めて見る“お嬢様の姿”。
そこに浮かぶ、どこか恥じらった表情もまた新鮮だった。
「マリーさん!すごく素敵です!」
「…似合う」
「あ、ありがとう…」
目を輝かせるソフィア。
便乗するように呟くユノ。
褒められて、マリーはモジモジと視線を逸らす。
ルアとアッシュは、小声で囁き合った。
「お、おい、あれマリーだよな?」
「ああいうの、馬子にも衣装って言うんだろ?」
「あんたら、聞こえてるんだけど?」
そのとき、客室の扉が開いた。
「マリー、帰ったのか」
現れたのは、ファルネス家当主アルザン。
マリーの父だった。
「お父様…」
「……ずっと心配していた。
私も、アイラも」
「…ごめんなさい」
アルザンはルアたちへ視線を向ける。
「セインから事情は聞いた。
娘が今まで世話になったな」
「今まで?
それって、マリーはもう俺たちとは…」
「当たり前だ。
親として、大事な娘に冒険者など危険なことを、
これ以上させられるわけがない」
「お父様!
私はただ、お義母さまの様子を見に…!」
「お前ももう子供じゃないだろう。
それに、ドレイブル家との許嫁の話も、
まだ終わってはいない」
「い、許嫁!?」
一同が息を呑む。
「君たちにはすまないが、これは我々家族の問題だ。
あまり関わられては、
こちらも相応の対処をしなくてはならなくなる」
言い返せなかった。
貴族の世界を知らないとはいえ、
部外者である自分たちが踏み込める領域ではない。
「マリーを助けてくれた恩もある。
だから穏便に済ませたい。分かってくれ」
そう言い残し、アルザンは部屋を後にした。
重い沈黙。
やがて、セインが咳払いを一つして口を開く。
「これから、お嬢様と私はアイラ様のもとへ向かいます。
皆様もぜひ、お嬢様のお友達として、
お会いしていただけませんか。
きっと、お喜びになられます」
一同は無言のまま、屋敷の離れへと案内された。
「アイラ様、失礼します」
セインの声に、ベッドから飛び起きる女性。
彼女は迷いなくマリーに駆け寄り、抱きしめた。
「ああ、マリー!
無事でよかった!」
「アイラさん…ただいま」
「久しぶりね。
ちょっと大人っぽくなったわね」
「そりゃ、五年も経てばね」
その様子を見ながら、ルアは小声でセインに尋ねた。
「“お母様”って呼ばないのか?
口調もいつも通りだし…」
セインは小声でルア達に説明する。
「お嬢様とアイラ様に、血の繋がりはございません」
「そうなのか!?」
「お嬢様の実母レイメル様は、
幼い頃に病でお亡くなりになりました。
その後、アルザン様はアイラ様と再婚されたのです。
今でこそ、お二人の仲は良好ですが……
やはり、お嬢様にとっては、
受け入れがたい部分もあるのでしょう」
マリーとアイラの姿は、どこから見ても親子だった。
それだけに、普段の気楽なマリーからは想像できない、
複雑な過去を背負っていることが、皆の胸に重く残った。
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