第17話 空白
「アッシュ、そっちは任せた!」
「おっしゃあ!
くらいやがれぇ!!」
アッシュは勢いよく飛び上がり、敵目掛けて渾身の一撃を振り下ろした。
斬撃を受けた魔物は、あっけなく地面に崩れ落ちる。
「おっしゃぁぁ!!
勝ったぞぉ!!」
アッシュはスライムを倒した。
「ウケるわ、スライム倒しただけであのテンション…」
「まあ、アッシュさんですし…」
「…」
魔物界最弱のスライムを倒しただけで盛り上がる男二人、
冷ややかな視線を向ける女子メンバー。
「腕を上げたな、アッシュ!」
「まあな、俺がやらねぇと仲間が危ないからな!」
二人は勢いよくハイタッチを交わす。
「でも、本当助かるよ。
今まで雑魚処理は俺の役だったし、
アッシュもやってくれるなら効率も上がる。
ユノは簡単に戦いに出せないし」
「確かに、ユノの借金はパーティ存続の危機だからな」
「…」
冗談めいたやり取りの裏で、ユノは何も言わず前を見ていた。
スライムを倒して間もなく、次の敵が姿を現す。
現れたのは、三体のゴブリンだった。
「アッシュ、いけるか?」
「任せろってんだ!
ゴブリンか…この前のリベンジだ!」
アッシュが剣を抜き、一歩踏み出そうとした瞬間だった。
その横を、鋭い風が駆け抜ける。
反射的に視線を走らせたが、そこには誰の姿もない。
しかし、前方に目を戻した瞬間、光景は一変していた。
地面に倒れ伏す三体のゴブリン。
そして、その奥に立つユノの姿。
「え…俺のリベンジは?」
今回、ルアからの「何もするな」という指示は出ていなかった。
だが、それはもはやパーティ内での暗黙の了解でもあったはずだ。
「ユノ…お前…30万…」
「…いらない」
「え?」
「…いらない」
勝手に敵を殲滅したかと思えば、報酬も不要だと言い切る。
あまりにも唐突な行動に、全員が言葉を失った。
ユノは一同の間をすり抜け、少し先まで歩くと振り返った。
「…行こ」
表情はいつも通り、感情を読み取らせないものだった。
だが、確かにいつもとは何かが違っていた。
「ユノちゃん、どうしたんでしょうか…?」
「あの子はほんと分かんないわ」
微妙な空気を抱えたまま、一行は歩みを進める。
やがて辿り着いたのは、前線都市ベリアスだった。
大陸最東部に位置し、防衛拠点としての役割も担う街。
そのためギルドや商店が立ち並び、冒険者たちの姿もちらほらあり賑わいをみせている。
「大きい街だなー!」
「冒険者の様な人沢山いますね!」
「どうすんだ、ルア?
目的地まであと少しなんだろ?
さっさと行っちまうか?」
「えー、こんな大きな街なんだしー、
色々見てまわりたくない?」
ここは大陸の最東部。
目的地であるウェトス半島までは、あと少しの距離だった。
「まずは食料と物資を補充したいってのもあるけど…」
ルアは言葉を切り、ユノの方へ視線を送る。
「…何?」
「そろそろ借金を返さないとな」
「…まだいい」
やはり、様子がおかしい。
「…ユノ、報酬はちゃんと払う。
これは約束だからな。
それにいつまでも借金を背負ってんのは精神的に辛い」
「………………分かった」
長い沈黙の末、ようやく了承の言葉が返ってくる。
その声には、明らかな渋さが滲んでいた。
「じゃあ、まずはギルドで依頼を探そう」
ギルドの中も、街同様に人で溢れていた。
活気とざわめきが混じり合う空間で、ルアは壁に張り出された依頼書に目を走らせる。
「お、これなんかいいんじゃないか?」
ルアが指差したのは、一枚の依頼書だった。
『草むしり 報酬100万グラン』
「草むしり?」
「しかも、そんな大金…」
「なんか怪しくない?」
「でも、内容が本当なら割のいい仕事なんじゃないか?
受付に聞いてみるか」
受付で依頼内容の確認を取る。
「こちらは富豪オーレン氏からの依頼で
庭の草むしりとなっています」
「マリー、富豪ってそんなもんなのか?」
「なんであたしに聞くわけ?」
マリーの鋭い視線がルアに突き刺さる。
「…いえ、すみませんでした…」
マリーは小さくため息をついた。
「まあ、報酬に関しては本当なんじゃない?富豪だし。
でも草むしりなんて、
普通なら庭師にやらせると思うけど?」
「…とりあえず行ってみるか」
一行はオーレンの屋敷へ向かう。
街の中央広場を抜ける。広場には銅像が立っていた。
地面に剣を突き立て、鍔に両手を置いた姿。
剣聖ゲイルの銅像だ。
足元の石碑には、四十年前に勇者パーティの一員として魔王を討伐した功績が刻まれている。
一行が銅像のそばを通り過ぎる中、
ユノだけが足を止め銅像を見上げていた。
「…」
――お前は色んな世界を見て、大きくなりなさい。
過去の言葉が、ふと胸に蘇る。
ユノがいないことに気づき、皆が振り返る。
そこには、変わらず銅像を見上げるユノの姿があった。
「おーい、ユノー!
置いてくぞー!」
「…」
無言で頷き、ユノは歩き出す。
だが、その前にもう一度だけ、銅像の顔を見上げた。
「…若い」
やがて一行は、富豪オーレンの屋敷へ到着した。
執事に案内され、屋敷の奥へと進む。
煌びやかな装飾、彫刻、絵画の数々に、マリー以外の面々は圧倒されていた。
そして、オーレンの部屋に通される。
「お前たちが依頼を受けた冒険者達か。
ふん、頼りなさそうだな」
その一言で、彼の性格は十分に伝わってきた。
「たかが草むしりだろ?」
「そのたかが草むしりがお前たちに出来ればいいがな」
苛立ちを飲み込み、一行は庭へ案内される。
そこに広がっていたのは、背丈ほどに伸びた草が一面を覆う広大な庭だった。
「確かに、これは大変そうだな…」
手袋をはめ、会話もなく作業を始める。
黙々と草を抜き続け、庭の半分ほどを終えた頃には、
空は夕暮れに染まり始めていた。
「超腰いたいんですけどー」
「疲れました…」
「まだ半分もあるのかよぉ!」
「…お腹減った」
「今日はこれぐらいにしとくか。
別に1日でやれなんて言われてないし。
オーレンに続きは明日にするって言いに行こう」
再びオーレンの元を訪れる。
「終わったのか?」
「まだ半分だ。
続きは明日でもいいよな?」
「好きにしろ」
「明日には全部終わらせてやるよ」
「ふ、だといいがな」
「…?」
最後の一言に、ルアは小さな違和感を覚えた。
屋敷を後にし、一行は酒場へ向かう。
空腹は限界だった。
「あのオーレンって野郎、ムカつくよな!」
「まあ、嫌味な感じではありましたね…」
「性格終わってるし、ないわー」
「…嫌い」
愚痴が飛び交う中、ルアだけは考え込んでいた。
「どうしたんだよ、ルア?」
「オーレンのやつ、妙に引っかかる言い方をしてただろ?」
「嫌味なだけでじゃない?」
「確かにあの量の草むしりは大変だ。
でも、マリーが言ったようにあれなら庭師でも出来る。
わざわざギルドに高額な報酬で依頼まで出してる」
「確かに、少し怪しいかもしれませんね」
「ああ、明日は少し注意した方がいいかもしれない」
食事を終え、宿へ戻る。
泥に汚れた体を洗い流し、ベッドに身を沈めると、疲労が一気に押し寄せてきた。
深夜。
皆が寝静まった頃、ユノは静かに女子部屋を抜け出した。
宿から出て向かった先は、昼間通った中央広場。
銅像の前で膝を抱え座り込み、空を仰ぐ。
遠くから、それを見つめる二つの影。
「ユノちゃん、どうしたんでしょうか?」
「今日一日変だったしねぇ」
ソフィアとマリーだった。
ユノが起きたことに気づき、後を追ってきたのだ。
「どうします?声かけてみますか?」
「ここは様子見ね、何か分かるかもしんないし」
銅像を見上げるユノ。
その視線の先では、星が静かに煌めいていた。
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