第16話 明日へのラプソディ
翌日、早朝にも関わらず
宿屋の廊下に慌ただしい足音が響いた。
扉の前に現れたのは、息を切らしたポールだった。
「すみません!フルラを知りませんか!
こんな書き置きがあったのです!」
差し出された紙には、
家を出るという簡潔な言葉が綴られていた。
紛れもなくフルラのものだ。
「昨日最後に一緒だったのはあなた方ですし、
何か知ってるのではと思って…」
「えっと…その…」
ルアは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせる。
そして、覚悟を決めたように、駆け落ちの件を伝えた。
「なんですとー!?」
ポールの顔から一気に血の気が引いていく。
「あたしらにも責任あるし、探しにいこっか」
軽い調子でマリーが言った。
「え、お前、二人が決めたなら仕方ないとか言ってだろ?」
「そうだっけ?
てか、あの二人だけで王都に行ける訳ないじゃん、
止めに行った方がいいかもねぇ」
「…王都に向かったのか?」
「昨日、フルラが言ってたし」
「…」
その言葉に、ルアは小さな違和感を覚えた。
マリーの表情はいつも通りだが、どこか含みを感じさせる。
「とにかく、行きましょう!
そう時間は経ってないはず、
馬車ならすぐに追いつけると思います!」
一行は急いで馬車に乗り込む。
揺れる車内で、ルアは小声でマリーに尋ねた。
「お前、何か企んでないか?」
「え、なんのこと?」
マリーはとぼけたように笑い、視線を外した。
馬車はやがて、小さな森の中へと入っていった。
「ちょっと馬車止めて!」
突然のマリーの声で、馬車は急停止する。
「どうしたんだよ!?」
「ほら、アレ」
指差した先には、ぬかるんだ地面に残る足跡があった。
まだ新しい。
――その時。
「きゃーー!!」
フルラの悲鳴が森に響いた。
一行は馬車を降り、声の下方向へ進む。
駆けつけた先には、ダンとフルラ、
そして黒ずくめの二人組がいた。
男たちはナイフをちらつかせ、距離を詰めている。
「フ、フルラ…!」
「待て!」
飛び出そうとしたポールを、ルアが制止する。
「どうして!?」
「あそこまではまだ距離がある。
迂闊に近づいて人質に取られたら厄介だ。
…だろ?マリー?」
ルアはニヤリとマリーを見る。
「分かってんじゃん」
マリーもまた、同じようにニヤリと笑い返した。
「おらおら!
さっさとしねぇとどうなるか分かってんのかぁ!」
「女を置いてけよ!」
ダンは一歩前に出て、フルラの前に立つ。
「そ、そんなことできるわけないだろ!」
「ダン、危ないからやめて!」
「ちょっと痛い目に遭いたいようだな!?」
男の拳が振り下ろされ、ダンの体が弾かれる。
「うわ!」
「ダン!」
「どうだ、痛えだろ!?
もう一発くれてやるぜ!」
「ぐわ!」
殴られ、倒れ、それでもダンは立ち上がる。
その姿に、フルラは思わず駆け寄り、覆い被さった。
「お願い…もうやめて…!」
「フルラ…危ないから下がってて…!」
ダンは彼女を押しのけ、再び前に立つ。
「僕は…ダメな…人間だ…」
殴られ、倒れる。
それでも、立ち上がる。
「仕事も…出来ない…
君のお父さんにも…認めてもらえなかった…」
また殴られ、倒れる。
それでも、立ち上がる。
「何も…出来ない僕…だけど…」
倒れても、また立つ。
「それでも…君を…愛してる…!」
拳が振るわれる。
倒れる。
それでも――。
「だから…僕は…死んでも、絶対に君だけは守る!!
それだけは…出来る!!」
その言葉の直後、ダンは地面に崩れ落ちた。
もう立ち上がれない。
黒ずくめの男も、肩で息をしている。
「そろそろだな…」
ルアが小さく呟き、剣を抜いた。
ゆっくりと、あえて緊張感のない歩みで前に出る。
「た、旅のお方!?
そんなにゆっくり出ていくんですか!?」
驚くポールの声を背に、ルアは叫ぶ。
「俺が相手だー!」
棒読みのような、その一言。
「ル、ルアさん!?」
フルラが目を見開く。
「くそ、今日は引き上げだ!」
「ちくしょう、覚えてろ!」
そして、二人組もあっさりと森の奥へ逃げ去った。
「もしかしてこれって…」
「フルラー!!」
ポールが駆け寄ってくる。
「あとはアドリブでよろしく!」
ルアはそう言って剣を収め、仲間の元へ戻った。
「よっ、名演技!」
マリーが手を挙げる。
「まあな」
ルアはその手にパシッと合わせた。
「何だよ!?
あれ芝居だったのかよ!?」
「私も途中までは分かりませんでしたけど…
多分、最後まで気付かなかったのは
アッシュさんだけですよ?」
「…下手」
「全部マリーの仕組んだことだよ。
多分、ダンとフルラも知らなかったんだろ?」
「だって、マジなとこ見せないと伝わらないじゃん?」
その時、茂みがガサガサと揺れた。
「いやー疲れましたよー」
「全くだぜ」
現れたのは、黒ずくめの二人組――フードを取ると、最初に芝居に協力していた冒険者だった。
「演技とは割り切っていても
やはり気持ちのいいことじゃありませんでしたよ」
「死なない程度にボコボコにしろとは言われたけどよ、
なかなか根性あるぜあいつ」
「まだ町にいるって言ってたし声掛けて見たけど…
ナイス演技!」
マリーは彼らともハイタッチを交わす。
「マリー、もちろんタダ働きじゃないよな?
依頼料はどうしたんだ?」
「ダンにつけといた」
「成功する自信はあったのか?」
「知らない。
あれでダメならそれまでってことだったんじゃない?」
全員、呆れと感心が混じったような苦笑いを浮かべた。
翌日。
結局、ダンの覚悟を知ったポールは、彼を半分認めた。
残りの半分は自分の元で雇い、徹底的に鍛え、一人前になった時に認めるという。
二人の結婚は、まだ先になりそうだった。
「マリーさん、ありがとうございました」
「ごめんねー、あんたの恋人ボコボコにしちゃって」
「気にしないで下さい。
おかげで私たち、逃げずに進めそうって思えます」
「そっか、よかったじゃん」
「マリーさんも、つけられるといいですね、けじめ」
「んー、あたしはどうかなー?」
「何の話だ?けじめ?」
「こっちの話よ」
それぞれが選んだ道は、まだ完成していない。
けれど、誰かに決められた旋律ではなく、
自分の足で踏み出したその一歩こそが、自由へ向かう即興の旋律なのかもしれない。
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