第12話 翻る虚構
夜が明け、一同は出発の準備を終えた。
焚き火の跡だけが、昨夜ここで確かに休息を取った証のように残っている。
「こんな所とっとと抜けちまおうぜ!
2日連続野宿はたまんねぇかんな!」
アッシュはいつも通りに張り切った様子を見せる。
その声色や態度に変わりはない。
だが、仲間たちの胸には、どこか引っかかるものがあった。
昨日のこともあり、
どうしても無理をしているのではないかと考えてしまう。
歩みを進める中で、ルアの足取りは自然と早くなる。
今は、敵と遭遇したくない。
そんな願いが、無意識のうちに彼を先へ先へと急がせていた。
しかし、その思いは裏切られる。
前方から、重たい足音が響く。
大きな影が、岩陰からゆっくりと姿を現した。
巨大なゴブリンだった。
昨日の子分の報復だろうか?
明らかに敵意を出しこちらを睨む。
「みんな、戦闘だ…」
「よっしゃぁ!まずは俺が…」
「待てアッシュ!」
「どうしたんだよ!?」
「今日は俺が囮になる、お前が隙を狙ってくれ」
「昨日の言ったことなら気にすんなって!
それに最初からダメージ覚悟なら…」
「駄目だ。あの悪魔ほどじゃないにしろ、あいつは強そうだ。この先、運任せじゃやって行けない」
「何だよ、びびってんのか!?」
「…そうかもな。
仲間を失うのは怖いよ」
その言葉に、アッシュは息を呑む。
反論は、出なかった。
次の瞬間、ルアは動き出し、同時に指示を飛ばす。
「アッシュは距離を詰めて待機、隙を狙って攻撃!
マリーもスタンバイしといてくれ!
ソフィアは俺がやられた時の回復を!
ユノ、お前は動くな!」
ルアは巨大ゴブリンに切りかかる。
棍棒に弾かれ、すぐさま反撃が返ってくる。
辛うじて回避するが、相手は巨体に似合わず動きが早い。
地面を抉るほどの一撃。
ルアは避けるので精一杯で、反撃に転じる余裕はなかった。
「アッシュ、今チャンスだったんじゃない?」
「わ、分かってるっての!」
だが、アッシュの足は動かない。
これまでの戦いでは、囮として突っ込むだけでよかった。
考える必要はなかった。
目を閉じて、叫んで、前に出ればよかった。
しかし、今回は違う。
自分が――決めなければならない。
その責任が、恐怖を何倍にも増幅させていた。
ルアは棍棒をかわしながら、必死に反撃を試みる。
だが、その刃は届かない。
明らかに、力量差がある相手だった。
「アッシュさん!」
「分かってる!分かってるんだって!」
震える体。
動かない足。
恐怖が、悔しさを完全に押し潰していた。
(情けねぇ…だから俺は弱い…!)
「…死ぬよ?」
ユノの一言が、静かに、しかし確実に胸を抉った。
次の瞬間、巨大ゴブリンの棍棒がルアを吹き飛ばす。
体勢を崩したルアへ、止めを刺すように棍棒が振り上げられる。
流石にこの状況、ユノは剣を抜き駆け出そうとする。
だが――
それよりも一瞬早く、アッシュが動いた。
棍棒がルアに振り下ろされた刹那、
鈍い音が響く。
ルアが目を開けると、そこにはアッシュの背中があった。
両手で棍棒を受け止め、踏みとどまっている。
それは、目を閉じていては明らかに出来ない動作。
一瞬、誰もが動きを止めた。
「アッシュ…お前…」
その棍棒は、昨日のゴブリンとは比べものにならないほど重く、受け止めただけで骨が軋む。
「戦うのは怖い…
目を開けるのも怖い…
痛いのもやっぱ怖い…」
アッシュは歯を食いしばり、力を込める。
「でも、仲間が死ぬのは…
もっと怖いんだよぉぉ!!」
棍棒を振り払う。
様々な感情が溢れ目には涙が滲んでいる。
しかし、その気迫に巨大なゴブリンは一瞬怯んだ。
「うおぉぉ!!」
会心の反撃が巨大ゴブリンに入る。
しかし、たいしたダメージにはならない。
恐怖を克服したからといって、急に強くなるわけではない。
それでも――この一歩は、確かに意味を持っていた。
巨大ゴブリンは体勢を立て直し攻撃の構えをとる。
だが、次の瞬間、巨大ゴブリンの背後で爆炎が弾ける。
「ナイス囮、背中ガラ空きー」
忍び寄っていたマリーの魔法攻撃。
不意のダメージに巨体が大きく体勢を崩す。
ルアはその隙を見逃さなかった。
「これで終わりだぁぁ!!」
ルアの剣が、巨大な頭部を貫いた。
声を上げることもなく、ゴブリンは崩れ落ちる。
同時に、アッシュもその場に倒れ込んだ。
仲間たちが駆け寄る。
「アッシュさん、今治療します!」
「大丈夫か、アッシュ!?」
「へへ、ちょい無茶しすぎたかも」
「本当、ヒヤヒヤもんよ」
「…頑張った」
仲間達の声にアッシュは小さく笑った。
――怖かった。
逃げ出したかった。
それでも、目を開けて立ち向かった。
それだけで、世界の見え方が少し変わった気がした。
「ルア、囮の役割、まだやらせてくれるよな?」
「いや、今度は勝て」
「ははは、無茶言うぜ」
「それぐらいの気持ちでやれってことだよ、囮をな」
恐怖は消えたわけじゃない。
だが、確かに一つ、乗り越えた。
その事実が、アッシュの胸に静かな自信として灯っていた。
彼はまだ弱い。
それでも、アッシュは目は前を見ていた。
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