第11話 熱き虚構
ベレットの村――悪魔事件解決の翌日。
ルアたちは、村長の家へと招かれていた。
初めてこの村を訪れたときとは違い、のどかさの中に、確かな活気が感じられる。
村を包んでいた重苦しい空気は消え、代わりに穏やかな息遣いがそこかしこに満ちていた。
「あ、聖女様だー!」
「聖女様ー!」
「聖女様、ありがとうございましたー!」
道を歩くだけで、次々と声がかかる。
ソフィアは恥ずかしそうに小さく手を振り返していた。
やがて一行は村長の家へと到着する。
そこでもまた、似たような歓迎が待っていた。
「よくぞ来ていただけました、
聖女様御一行!」
「聖女だってよ?ソフィア」
「はは、なんかもう、慣れました…」
ルアの茶化しに、ソフィアは苦笑いを浮かべる。
だが、昨日のように戸惑う様子はなかった。
「こんな小さな村なので多くはありませんが、
まずは報酬を…」
差し出されたのは、50万グラン。
冒険者にとっても決して小さくない大金だった。
それに加えて、食料や物資までもが用意されている。
「こ、こんなに!?」
「ええ。これが、あなた方に対する、
私を含めた村人全員の感謝です。
こちらとしては、足りないくらいと感じております」
「ありがとう。
うちの聖女様が頑張った甲斐ってことで、
有り難くいただくよ」
「ちょっと、ルアさん!」
「ははは、悪い悪い」
「よろしければ、
この後も料理など振る舞おうと思ってまして…」
「いや、それは遠慮しとくよ。
本来の旅に戻らないと。
それに、これ以上この村にいて褒められたら、
ソフィアが保たない」
「そうでしたか……それは残念です。
あなた方の旅に、幸運が在らんことを」
村長の家を後にし、村を出る直前。
ルアは歩きながら、報酬について口を開いた。
「基本的にこんな感じで報酬が出たら、
パーティの活動資金から余った分を、
山分けにしようと思うんだけど、それでいいか?」
全員が異論なく頷く。
そしてルアは畏まったように言う。
「えー皆様、今回は食料や物資も貰えたので…
50万グランは山分けとします!!」
歓声が上がった。
全員に分配が終わった後、ルアは自分の取り分をユノに渡す。
借金の返済である。
「はい、ユノ。
とりあえず10万グラン。
これであと30万だな」
ルアはそう言って、自分の取り分を差し出す。
「……違う、残り10万」
「え?
だって今回は倍額って約束しただろ?」
「……一人で勝てなかった」
その場が一瞬、静まり返る。
「ユノちゃん…偉い!」
「剣の腕だけじゃねぇ、心意気まで一流になったんだな!」
「謙虚じゃーん、ルアも見習いなよー?」
まるで我が子の成長を喜ぶ親のようであった。
「謙虚なら最初から報酬とらねぇよ…」
ぼそっと呟くルアの声は、ユノを褒めるメンバーには届かなかった。しかし、借金が増えずに内心ホッとしたルアでもあった。
報酬の話は終わり、話を本題に戻す。
「まだ目的地のウェトス半島までは結構あるみたいだ。
とりあえず、この先の峠を越えた先にある、
ミルドって町を目指そう」
一行は再び旅路についた。
半日ほど歩き、峠の入り口へと差し掛かる。
最初はなだらかだった道も、中腹に入るにつれて険しさを増していく。
殺風景な景色が、じわじわと疲労を蓄積させていた。
「疲れたんですけどー」
マリーが不満を漏らす。
「今日中に越えるのは難しそうだな……
どこか休めそうな場所まで進もう」
さらに進んだ、そのとき。
低い唸り声が、風に混じって聞こえてきた。
一同が視線を声に向けると、崖の上に二つの影がある。
次の瞬間、その影は跳び降り、進路を塞いだ。
ゴブリンだった。
「なんだ、ゴブリンか。
俺とアッシュで十分だな!」
「おう!」
ルアは駆け出す。
ゴブリンの棍棒は遅く、動きも単調だった。
回避は容易で、反撃も確実に決まる。
「ギャー!」
一体はあっさりと倒れ伏した。
「ゴブリンぐらいならこんなもんだな。
アッシュの方は……」
「ぎゃあー!」
振り返った瞬間、アッシュは棍棒をまともに食らっていた。
「……」
日が落ちかけた頃、一行は峠の中腹の開けた場所で野営を張った。
「大丈夫ですか、アッシュさん?」
「大丈夫、大丈夫!
すまねぇなみんな、心配かけちまって。
次はぶっ倒す!」
結局、残りのゴブリンはルアが片付けた。
ゴブリン自体の攻撃力が低かったこともあり、
アッシュの怪我は軽いものだった。
ゴブリンは、魔物としてはかなり弱い部類だ。
戦闘力が普通なルアでも容易に勝てる相手。
だが、アッシュは違った。
そこまで弱いといことは、もはや異常とも言えた。
しかし、本人はそれを自覚している。
かといって、開き直っているわけでもない。
だからこそ、誰も踏み込めずにいた。
ルアは、遠回しに切り出す。
「ユノ、お前から"俺たち前衛"に何かアドバイスないか?」
「……目」
即答だった。
だがその一言では意味が分からない。
「えっと…目がどうしたんだ?」
「……目、つぶってる。
敵に近付くときだけ」
全員が衝撃を受ける。
「本当なのか、アッシュ?」
「……」
アッシュは俯き、ひとつ息を吐いた。
「実はさ……恥ずかしいんだけど……
俺、怖いんだよ、戦うのが……」
再び、衝撃が走る。
「いっつも『しゃあぁ!』とか言いながら、
突っ込んでんじゃん!?」
「そうですよ!
敵の攻撃もちゃんと避けてたじゃないですか!?」
「怖いけど、それを誤魔化そうとして、
ヤケクソに突っ込んでる。
目を閉じちまうのは本当にその一瞬だけ。
ルアの指示で最初から防御するとか避けるとか、
決まってる時は何とかやれてるんだと思う」
「ごめん、そんな想いで囮なんかさせてたんだな」
アッシュは焦ったように訂正する。
「いや、違うって!
これぐらいしか役に立てねぇし、俺。
それによ、どんな強い敵にも立ち向かうことで、
俺自身も強くなれるって、それだけは信じてんだ……」
誰も、言葉を返せなかった。
それは彼の想いを否定することになる気がしたからだ。
「わ、悪りぃ!
変な空気にしちまったな!
もう寝ようぜ、明日も歩かなきゃなんねぇんだろ?」
「あ、ああ…そうだな」
やがて全員が眠りにつく。
見張り役のルアだけが、焚き火の揺れる炎を見つめていた。
目を閉じたまま敵に突っ込むという危険。
リーダーとして、このまま囮役を任せていいのか。
これまで無事だったのは、ただ運が良かっただけではないのか。
そんなことは分かっている。
それでも――
初めて会ったとき、アッシュが口にした
「強くなることが目標」という言葉だけが、
焚き火の向こうで、消えずに残っていた。
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