教授、逃げるなら今です!
「え? 藤野君? うん、ここに居るよ。此処? 此処は――」
恭介が答えかけたその瞬間、美咲が背後から素早く近づき、携帯電話をひったくった。
ピッ。
通話を切る音が静かな森に響く。
二人は再び顔を見合わせ、苦笑交じりに笑い合う。
しかし次の瞬間、美咲は笑顔を消して叫んだ。
「教授! なんで修治に場所を教えようとしてるんですか!」
怒りに満ちた瞳。
恭介は苦笑しながら携帯を取り返す。
「いや……ほら、片桐君が“藤野君を探してる”って言うからさ」
「だからって! 今日は二人っきりのデートなのに、なんで教えるんですか!」
「だから、デートじゃないと言ってるだろう!」
口論のボルテージが上がったその時――
遠くから、バタバタと風を切る音が響いた。
「……え?」
見上げる美咲の頭上に、ヘリコプターが現れる。
そして風を撒き散らしながら、縄梯子が垂れ下がってきた。
「み〜さ〜き〜っ!」
ヘリコプターから叫ぶ男の声。
縄梯子にぶら下がりながら、キラリと笑う青年の姿。
「……うそでしょ」
うんざりした顔でつぶやく美咲の横で、恭介は静かにその場を離れた。
逃げるように。
縄梯子から飛び降りようとした青年――片桐修治は、足を絡ませて派手にバランスを崩し、
「うわぁぁっ!?」
そのまま美咲の上に落ちてきた。
「痛っ! ちょっと、何してんのよ!」
背中に修治を乗せたまま、美咲が怒鳴る。
慌てて飛び退いた修治は、ヘラヘラ笑いながら頭をかく。
「ごめ〜ん、美咲〜」
修治――小顔で癖のある薄茶髪。
細い狐目が吊り上がっているのに、どこか憎めない笑顔。
金持ちの坊ちゃん育ちの余裕が漂っていた。
倒れている美咲に手を差し出して立たせると、修治が言った。
「美咲、ゼミの課題どうすんだよ! 今日、みんなで集まってやるって約束だっただろ?」
「あ! そうだった! ごめん、忘れてた!」
手を合わせて謝る美咲に、修治は呆れ顔。
「まぁ……そんなことだろうと思ってたけどな」
「で、課題はどうしたの?」
問い返され、修治は得意げに笑った。
「終わらせたよ。で、そのノートを届けに来たってわけ!」
そう言って鞄からノートを取り出す。
「修治、ありがとう!」
満面の笑顔で受け取る美咲。
修治は胸を張って言い放った。
「美咲のためなら、たとえ火の中、水の中!」
その声を、森の奥に隠れていた恭介が聞きながら、
(……ほんと、勘弁してくれ)
と静かにため息をついた。




