春の風が吹く日に②
中に入ると、恭介は美咲たちに促され、ダイニングテーブルに腰を下ろした。
隣の部屋では、風太と座敷童子、そして空がソファに並んで楽しそうに笑っている。
その光景は、まるで夢のようだった。
「これは……どういうことなんだ?」
戸惑いながら問う恭介に、美咲と修治が顔を見合わせた。
「実はね、私たちも偶然だったの」
美咲が静かに語り出す。
「ひと月くらい前、大きな雷が龍神神社の近くに落ちたってニュースを聞いて、取材に行ったの。
そしたら──現場に倒れていた親子がいるって話を聞いて、病院へ向かったのよ。
そこで……三人に会ったの」
恭介の息が止まる。
「修治に相談して、しばらくの間、修治の家で預かってもらっていたの」
恭介が何かを言いかけた、その時──
前の席から元気な声が響いた。
「オイラたち、人間になった衝撃で、少しの間、記憶がなかったんだよ!」
顔を出した風太が、恭介に向かって満面の笑みを浮かべる。
「だから、修治が俺たちを引き取ってくれて、本当に助かったんだ!」
その明るい声に、恭介は少し口を尖らせる。
「記憶がなくても……俺が面倒を見たのにな」
すると風太は、ニヤッと笑って肩をすくめた。
「恭介、男のヤキモチはみっともないぞ!」
意味が分かっているのか分かっていないのか、
そんな無邪気な言葉に、美咲と修治が吹き出した。
「それに……空は、一時危なかったんだ」
風太がぽつりと続けた。
「え?」
恭介が驚くと、美咲が静かに言葉を継ぐ。
「空さん、しばらく集中治療室にいたの。
だから、風太くんと座敷童子ちゃんを修治に預かってもらっていたのよ」
「それなら尚更、俺は──」
恭介が立ち上がりかけると、美咲の声が遮った。
「二度も……同じ思いをしてほしくなかったの!」
その声に、恭介は息を呑む。
「教授はあの後……空さんの後を追うんじゃないかって思うほど、憔悴してたの。
やっと日常を取り戻したところだったのに、また傷ついてほしくなかった」
美咲の声は震えていた。
恭介は何も言えず、ただ俯いた。
その肩を、トントンと小さく叩く手がある。
風太だった。
「まぁ、そういうことだからさ。二人を許してやれよ」
あっけらかんと言う風太に、恭介は苦笑して頭を撫でた。
「お前は……本当に変わらないな」
そう言って抱き上げると、風太は不思議そうな顔で言った。
「なぁ、なんで恭介と空は、そんなに離れてるんだ?」
「えっ!」
「え?」
同時に驚く恭介と空。
修治が慌てて口を開きかけた。
「風太ちゃん、大人には大人の事情が──」
だが、風太は遮って言い放つ。
「これからは、ずっと一緒に暮らすんだろ?
だから大龍神様だって、オイラたちを人間にしてくれたんじゃないの? 違うのか?」
その言葉に、恭介は一瞬黙り込み、そして小さく笑った。
「……そうだな。これからは、ずっと一緒だ」
そう言って風太を抱きしめると、
「だから! 抱きしめる相手が違うだろー!」
風太が怒ったように言い、恭介の膝から飛び降りた。
そして空の手をぎゅっと握り、座敷童子と一緒に恭介のそばへ引っ張ってくる。
「はい、もう逃げられないぞ!」
恭介はゆっくりと立ち上がり、空と向き合った。
「あの……ごめんなさい。あんな別れ方をしたのに……」
俯く空の声が震える。
恭介はそっと空の手を取って言った。
「身体は……もう大丈夫なのか?」
空はうつむいたまま、小さく頷く。
「だったら、なんで俯いてる?」
恭介が顔を覗き込むと、空は涙をこらえながら答えた。
「もう……あの頃のような、絶世の美女の姿には戻れないので……」
その言葉に、恭介は微笑む。
「馬鹿だな。俺には、今のきみが一番綺麗に見える」
その優しい声に、空の瞳が潤んだ。
そして──美咲と修治は、風太と座敷童子を連れて静かに部屋を後にした。
「なぁ、美咲。あの二人、置いてきて平気か?」
心配そうに尋ねる風太に、美咲は柔らかく微笑んだ。
「平気よ。
あの二人のことは、二人に任せるのが一番だから」
微笑んでそう言うと、美咲はぎこちなく見つめ合う二人を横目に、静かにドアを閉じた。




