龍神の里に雪が降る
外へ飛び出すと、
縁側に空が静かに座っていた。
「……こんな所にいたのか」
胸を撫で下ろしながら隣に腰を下ろす。
けれど、空はもう今にも消えそうな笑顔を浮かべていた。
その手に触れようと指先を伸ばす。
しかし、空の手は──すでに薄く、透けていた。
「ど……うして?」
震える声で問うと、
空は穏やかに微笑んで答えた。
「時間が……来たみたいです」
「皆さまのお見送りは出来ると思ったのに……」
少しだけ寂しそうに笑う。
恭介はたまらず、彼女を強く抱きしめた。
「……ごめん」
その言葉に、空は小さく首を振る。
「それは、“思い出してごめん”ですか?」
問いかけに、恭介は答えられなかった。
「嬉しかったですよ。
姿を変えても、恭介さんはちゃんと私を見つけてくれたじゃないですか」
「でも……俺はいつも、きみを置いていってしまった」
そう言って泣き出す恭介を、
空はやさしく見つめた。
「恭介さん、急に泣き虫になりましたね」
手を伸ばして頬に触れようとする。
だが、その手はもう透き通っていて、触れることさえ出来ない。
「泣かないで……。
私こそ、あなたを泣かせてばかりで……ごめんなさい」
涙をこらえながら、空は微笑んだ。
「最後に──幸せな時間を、ありがとう」
「もう一度……」
「え?」
「もう一度……お祭りに、一緒に行きたかったな」
空がそう呟いた瞬間、
その身体が淡い光に包まれた。
「やめろ……!」
恭介は必死に抱きしめる。
けれど、その腕の中から、彼女の温もりは消えていく。
「行くな! タツ!」
叫びが夜明けの空へと響く。
その時──
「教授! 雪ですよ、雪が降ってます!」
玄関から修治の声が響いた。
見上げると、空から白い雪が静かに舞い落ちてくる。
光を受けて、儚く、優しく。
「これって……まさか……」
駆け出してきた美咲が呟いた。
恭介が手を伸ばすと、
ひとひら、またひとひら──
雪は掌に落ち、すぐに消えていった。
その傍らで、座敷童子が雪を必死にかき集め、泣いている。
風太がその手を握り、首を横に振った。
「空ぁあああああ!」
座敷童子の悲痛な叫びが、夜明けの里に響いた。
「初めて聞いた……座敷童子ちゃんの声が、
こんなに悲しいなんて……嫌だよ……」
美咲はその場に座り込み、泣き崩れた。
少し離れた場所で、修治だけが無邪気に空を仰いでいた。
「教授! この雪、積もりますかね!」
その声に、恭介は黙って空を見上げた。
「……さぁな」
かすれた声でそう呟く。
龍神の里に雪が降る。
それは、罪を犯した龍神が
天へ還る時にだけ、降るという。
誰も知らなかった──
それが“別れの雪”であることを。




