龍神の里に雪が降る ― 夢の続き、夜明け ―
次の日から、俺とタツは毎日、山で遊ぶようになった。
朝から夕方まで、陽が落ちるまで笑い合い、
別れるときはいつも──
「また明日」
そう言って、小さく手を振り合った。
そして、祖母の家を離れる前日のこと。
俺は少し迷いながら、タツに告げた。
「タツ……俺、明日からもうここに来られないんだ」
タツは悲しそうに顔を曇らせ、
「どうして? 私が嫌いになったの?」
と、涙を浮かべた。
「違うんだ。俺、夏休みの間だけ婆ちゃんの家に来てるんだ。
冬は……この山、子供は入っちゃダメだろ?」
そう言うと、タツは少し考えてから言った。
「じゃあ、次の夏には……また会える?」
「うん。必ず会いに来る」
俺たちは小指を絡めて、約束をした。
それから毎年の夏休み、俺は祖母の家に行き、タツと過ごした。
季節が巡るたびに、背も伸び、声も変わっていった。
けれど──小学五年の夏。
その年は、いくら山を歩いてもタツは現れなかった。
いつもなら、
「きょーすけ!」
と笑顔で飛び込んできたはずなのに。
神社の軒先で待っていると、祖母が静かに言った。
「恭介……もう、ひいさんが見えなくなってしまったのね」
「え?」
「さっきから、あなたの右隣でずっと話しかけてるのに」
そう言って、祖母は優しく俺の頭を撫でた。
「大人になると、見えなくなるらしいからね」
「……もう会えないのか? タツとは?」
俺の問いに、祖母は空を見上げ、誰かに語りかけるように言った。
「ええ。仕方のないことです。ひい様、恭介を許してやってくださいね」
その声を聞いているうちに、まぶたが急に重くなった。
ぼんやりとした視界の中で、かすかに声がした。
──きょーすけ! きょーすけ!
泣きながら俺を呼ぶ声が、夏の蝉時雨に溶けていった。
中学生になると、友達と過ごす時間が増えた。
タツのことなど、自然と記憶の奥に沈んでいった。
彼女もできた。
けれど──どこか、何かが違った。
右手のひらが、いつも寂しかった。
誰と手をつないでも、何かが足りなかった。
高校に上がると、体の弱った祖母と一緒に暮らすようになった。
「恭介、ずいぶん大きくなったねぇ」
そう言って、祖母は嬉しそうに笑った。
また一緒に、龍神神社の掃除をした。
山を歩き、倒れた木や怪我した動物を助け、
割れた食器は「付喪神かもしれない」と言って洗って祀った。
「在来の花を守らないといけないよ」
それが祖母の口癖だった。
ある日、子供の頃に駆け回った野原を歩いていると、
頬をかすめる風の中に、懐かしい声が混じった。
──きょーすけ。
思わず振り向いた。
けれど、そこには誰もいない。
ただ、変わらない風景だけが広がっていた。
大学に入って間もなく、祖母は病で他界した。
人々は口々に言った。
「森の声が聞こえる人が、亡くなった」
祖母はこの土地の人たちに、とても慕われていた。
だが、母は祖母を嫌っていた。
「居もしない神様なんか信じて、ぶつぶつ独り言を言って……気味が悪い」
だけど俺は違った。
祖母の言葉はいつも温かく、
生きとし生けるものを慈しんでいた。
俺は祖母の願いを継ぎ、
あの山を守るために樹木医の勉強を始めた。
神社を整え、森を歩き続けた。
理由は分からない。
けれど、ずっと──「守らなきゃ」と思っていた。
……そうか。
タツ。
俺たちは、あの小さな夏の日から出会っていたんだな。
(ずっときみは……俺を見守ってくれていたんだな)
そう思った瞬間、目が覚めた。
──隣に、空の姿がなかった。
嫌な予感が、胸を締めつける。
慌てて衣服を身にまとい、
夜明け前の冷たい空気の中へ──俺は、飛び出した。




