表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/50

龍神の里に雪が降る ― 最終章:最後の夜 ―

「あ……」

「あ……」


その夜、眠れぬまま水を飲みに出た空は、

同じく廊下を歩いていた恭介と鉢合わせた。


「眠れないのか?」

静かに問われ、空は小さく頷いた。


恭介はコップに水を注ぎ、無言で差し出す。

「……ありがとうございます」


その一言のあと、沈黙が流れた。

恭介が背を向けかけたとき、空が声を震わせて呼び止めた。


「あの……少しだけ、お時間をいただけませんか?」


不思議そうに眉を上げた恭介は、それでも頷いた。

「……こんな夜中に?」

「はい。朝になったら……きっと言えなくなるので」


静かな足音が並び、二人は屋敷の奥──空の部屋へと歩いた。


部屋の灯が、淡く二人の姿を照らしていた。


机の上に並べられていたのは、

白い狐の面と、子ども用の小さな浴衣。

そして、あの白いハンカチ。


「これを……お返ししなければと思って」


風呂敷に包み、空が差し出す。

恭介はしばしそれを見つめ、やがてハンカチだけを取り出した。


「これだけは……返してもらうよ」


低く呟き、背を向けた瞬間──


空の手が、恭介の背にそっと触れた。

次の瞬間、額が彼の背中に重なる。


「美咲さんに言われました。

 “最後くらい、我儘を言いなさい”って」


「藤野君が……?」


空の声は小さく震えていた。


「私はずっと……あなたが好きでした。

 初めて出会った日から、ずっと。

 でも、それはあなたを苦しめるだけでした。

 だから、謝らないでください。


 風太のことも、私が救われていたんです。

 だから――『ありがとう』は、私のほうです」


その瞬間、恭介は空の肩を掴み、静かに引き寄せた。


「あんた……こんな夜中に、男を部屋に呼んで。

 そんなこと言ったら、どうなるか分かってるのか?」


低い声。

けれど、それは怒りではなく、押し殺した想いの滲む声だった。


空は微笑みながら首を横に振った。

「……分かっています」


唇が触れ合う。

そして、すべてが静かに崩れていった。


指先が触れ、髪が解かれ、

互いの鼓動が、夜の静けさに溶けていく。


ただ確かめ合うように、

何度も、何度も。


この夜が終われば、もう二度と交わることはない。

それを知っているからこそ、

二人は何も言わず、ただ抱きしめ合った。


恭介の指が、震える空の頬をなぞる。

「……空」


その名を呼ぶ声に、空は微笑み、涙をこぼした。


「恭介さん……愛しています」


彼の胸に顔を埋め、

消えていく運命の中で、最後の温もりを焼き付けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ