表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/50

龍神の里に雪が降る ― 終章:星の流れる夜に ―

その後の恭介のことは、空も知っていた。


喜怒哀楽がはっきりしていた彼が、

もう笑うことをやめてしまったことも。

いつも冷めた目をして、何かに乾いていた。

誰も求めず、誰にも求められず──

孤独の中に生きていた。


空はさまざまな動物の姿となり、

遠くから恭介を見守り続けた。

このまま孤独のまま、静かに命を終えてしまうのではないか──

そんな不安に胸を痛めていた。


そんなある日。

龍神神社の裏山で植物を見ていた恭介に、

元気な声が響いた。


「ふ〜た〜ば教授♡」


駆け寄ってきた少女が、勢いよく彼に抱きつく。


「藤野君!」

呆れ顔で見つめながらも、恭介の表情はどこか柔らかかった。

その少女──美咲の存在が、

わずかに彼の世界に光を灯したのだ。


人間同士が幸せになるのなら、それでいい。

そう思ってから、空はもう人間界に降り立つことをやめていた。

……まさか、こんな形で再び交わるとは知らずに。


空は遠い記憶を思い出し、静かにため息をついた。




「いいんですか?」


不意に声がして、空は振り返った。

そこに、美咲が立っていた。


「空さん、教授のこと……好きなんですよね?

 このままでいいんですか?」


そう問われ、空は小さく笑った。

どこか皮肉めいた笑みだった。


「美咲さんは……その方がいいんじゃないですか?」


自分でも思わず出た言葉に、空ははっとして口を押さえる。

「ごめんなさい、私……」


慌てる空に、美咲が笑った。


「何だ、やっぱりそうなんじゃない。

 しかも、一応、私をライバルとして認めてくれてたんだ」


そう言って、空の隣に腰を下ろす。


「美咲さん……」


「いつも余裕そうな顔して、正直、ちょっとムカついてた」


「そ、そんな……余裕なんて……」


「嘘だよ、嘘ウソ。分かってたよ。

 何か事情があって、離れなくちゃいけないんでしょう?」


美咲の優しい声に、空は言葉を失った。


「私さ、クールな教授が好きだったんだ。

 でも今の教授、なんか違うんだよね。

 だって、カッコ悪いじゃない?」


少し笑ってから、美咲は空の方を見た。


「男はさ、クールでいてくれないと」


その言葉に、空はふっと微笑んだ。

そしてそっと、美咲の手に触れる。


「美咲さん。私は龍神です。

 あなたが嘘を言ってるのは、分かりますよ」


その瞬間、美咲の瞳から涙が零れ落ちた。


「ずるいよ……。

こっちは、空さんの気持ちなんて全然分からないのに」


美咲は震える声で続けた。


「だったら、単刀直入に言わせて。

 もう会えないんでしょう? 最後なんでしょう?

 だったらちゃんと、自分の気持ちを教授に伝えて!」


空は小さく首を振る。


「……消えるから」


「え?」


「私はもうすぐ、この世界から消えてしまうんです。

 そんな私が、どうして言えますか?」


美咲は息を呑んだ。

やがて、空の手を両手で強く握り締めた。


「だったら……尚更だよ」


その声は震えていたが、まっすぐだった。


「消えちゃうなら、なおさら伝えなきゃ。

 残された教授は、私たちが支えるから。

 だから大丈夫。

 消えるなら、最後くらい──我が儘、言いなよ。


 お願いだから……“いい人”のままで消えないで。

 少しくらい、私に空さんを憎ませてよ……」


涙をこぼしながら、美咲は握った手に額を当てた。


「美咲さん……」

空は小さくその名を呼んだ。


幼い頃から教えられてきた。

人間は醜く、欲深く、他の命を踏みつける害獣だと。


けれど──

恭介も、美咲も、修治も。

こんなにも、誰かを思いやることができる。


(……まだ、人間は捨てたものではありませんね。

お母様)


空はそう心の中で呟き、夜空を見上げた。


満天の星の下──一筋の流れ星が、静かに夜空を横切り、消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ