月が静かに見守る夜に
「そんな……そんなのって……」
美咲が涙をこぼしながら呟くと、
恭介は小さく息を吐いて言った。
「しかも、大龍神の奴……あいつの“本当の姿”だけは、思い出せないようにしてるみたいなんだ」
淡く笑う恭介の顔に、修治がハッと息を呑む。
「でも……教授。もしかして、もう分かってるんじゃないですか?
タツさんが、誰なのか」
その言葉に、美咲の目が大きく見開かれた。
「それって──」
「それ以上言うな!」
恭介の怒声が、夜の空気を震わせた。
「俺は何も思い出せなかったし……タツは、あの日に死んだんだ。
それで……それでいいじゃないか」
恭介の声は震えていた。
美咲も修治も、何も言えずに黙り込む。
「どうにもならないの? どうして?
どうして私たち人間を助けてくれたのに、引き離されなきゃいけないの?」
美咲が叫ぶと、風太が小さく俯いたまま答えた。
「それが……掟だから」
その声は、いつもの無邪気さとは違って静かだった。
「掟を破れば、たとえ大龍神様でも殺されてしまう。
オイラたち神は、そうやって……お前ら人間と、この世界を守ってるんだ」
その言葉に、美咲は涙を流しながら叫ぶ。
「そんなの酷い! 風太君は、それでいいの!?
みんな……それで幸せなの!?」
「美咲! いい加減にしろ!」
修治の声が響き、次の瞬間、美咲の頬に乾いた音が走った。
「一番つらいのは、誰だか分からないのかよ……」
静かな声に、美咲は唇を震わせた。
頬に手を当て、涙をこぼしながら叫ぶ。
「分からない! 分かりたくないよ!
私、明日……帰らない! 大龍神に直訴する!」
恭介がその声を遮るように、低く呟いた。
「藤野君……もういい。
俺たちのことは、もう……いいんだ。
頼むから……やめてくれ……」
その姿を見て、美咲は何も言えなくなった。
その時。
「あら? 皆様、お揃いですか?」
空の明るい声が、沈んだ空気をすっと破った。
振り向くと、空が座敷童子と一緒に立っていた。
「空さん! もう、動いて平気なんですか?」
美咲が慌てて駆け寄ると、空は小さく微笑んだ。
「もう……皆さん、なんて顔してるんですか。
ほら、今夜は最後の晩餐なんですよ」
そう言って、軽く皆の背中を叩いた。
「空さん!」
美咲の声に、空は穏やかに微笑んだ。
「最後なんです。
だから──笑ってお別れしましょう」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
風太がそっと空の手を握る。
「風太? どうしたの?」
しゃがんで顔を覗くと、風太は震える声で空にだけ聞こえるボリュームで言った。
「空……オイラ、知ってたぞ。
お前が母ちゃんだって、知ってたぞ」
「風太……」
空は涙をこらえきれず、風太を抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
その腕に、座敷童子もそっと抱きついた。
「座敷童子も……ずっとありがとうね」
空が泣き笑いで言うと、座敷童子は首を横に振った。
空は二人を強く抱きしめ、
涙を拭ってから小さく笑うと
「さぁ……早く戻らないと、みんなお腹空かせちゃうわ」
そう言って二人の手を取り、風太が涙を拭いて笑う。
「今日はオイラも手伝う!」
「私も!」
「真似すんなよ!」
「風太こそ!」
小さな肩をぶつけ合い、空の手を離して笑いながら歩く二人を見て、空は静かに微笑んだ。
(──このまま、ずっとこうしていられたらいいのに)
そう心の中で呟きくと、沈みゆく陽の光に包まれながら、空は静かに屋敷へと歩き出した。




