教授、スマホ持ってないって言いましたよね!?
今まで“可愛い”ともてはやされてきた美咲にとって、
恭介の反応はどれも戸惑うことばかりだった。
そのたびに湧き上がる不安。
──もしかしたら、教授は自分の“王子様”じゃないのかもしれない。
胸がぎゅっと締めつけられる。
それでももう、諦められない。
例え恭介が王子様じゃなくても、好きで仕方がないのだ。
「藤野君?」
突然黙り込んだ美咲を、恭介が心配そうに覗き込む。
「あっ! そうだ、教授! LINE交換しませんか?」
必死に笑顔を作る美咲に、恭介は呆れ顔でため息をつく。
「急に黙るから心配したら……そんなこと考えてたのか」
「え? 心配してくれたんですか!? もう〜教授ったら、やっぱり美咲のこと好きなんですね!」
そう言って、恭介の腕にしがみついた。
「だ〜か〜ら〜、抱きつくな!」
腕を振り払われ、美咲はぷくっと頬を膨らませる。
「どうしてですか!? 美咲、本気で教授が好きなんです! どうしたら分かってくれるんですか!」
恭介はため息をひとつ。
「藤野君、さっきも言ったけど……俺と君、いくつ歳が違うと思ってるんだ?」
「愛があれば歳の差なんて関係ないです!」
「……」
「それに、付き合ってみたら、教授も美咲の魅力に気付くと思いますよ!」
「藤野君の魅力、ねぇ……」
「はいっ!」
キラキラした目で答える美咲に、恭介は眼鏡を押し上げながら言った。
「俺には、君のお尻にオムツが見えるんだが……」
「やだ! 教授ったら、どこ見てるんですか!?
そりゃ〜美咲のナイスバディに目がくらむのも分かりますけどっ!」
バシバシと背中を叩かれ、恭介は額に手を当てる。
「……めまいがしてきた」
「やだ〜、そんなに魅力的ですか?」
嬉しそうに笑って、また抱きつこうとする美咲。
警戒した恭介が身を引いた、その時──
「あっ!」
突然叫ぶ美咲に、恭介はまた頭を抱えた。
「今度は何だ……」
「LIME交換の話、途中でしたよね! 教授、スマホ貸してください!」
にっこり笑って手を差し出す美咲。
恭介は無言でその顔を見る。
「スマホ」
笑顔で圧をかける美咲に、恭介も引きつった笑みで返す。
二人は見つめ合い、思わず笑い合う。
けれど美咲は笑顔のまま、さらに詰め寄る。
「ス・マ・ホ!」
「……持ってない」
「え?」
「スマホ、持ってない」
美咲はぽかんと口を開けた。
「まさか……そんなわけ……」
その瞬間── 着信音が鳴り響く。
二人は顔を見合わせ、同時に笑い出した。
「教授? スマホ持ってないんですよね?」
作り笑顔で言う美咲に、恭介は涼しい顔で答える。
「藤野君のスマホじゃないのか?」
「そっか〜、私のスマホか〜」
にっこり笑ったあと、美咲はスッと表情を消して言った。
「私、教授との時間を邪魔されたくないので、音は消してるんですよ」
再びにっこり。
恭介が苦笑していると、美咲が言った。
「どうぞ」
「……?」
「電話、出てください」
「いや、持ってないから」
恭介が苦しい言い訳をしたその瞬間、着信音が一度止まり……
また鳴った。
「教授? ここ森の中ですよ。私のじゃないなら、教授の着信音ですよね?」
笑顔で圧をかける美咲。
「出たらどうですか? 急用かもしれませんし」
「誰だよ! こんな時に電話してくる奴!」
恭介は小声で毒づきながら、尻ポケットから携帯を取り出した。
「えっ! 今どきガラケー!?」
恭介は背を向け、着信画面を見てふっと笑う。
「もしもし、片桐君?」
その声を聞いて、美咲の笑顔が固まった。




