星が見守る夜に
空がゆっくりと部屋から出ようとすると、廊下に美咲が立っていた。
「美咲さん! いつからそこに?」
驚く空に、美咲は黙って空の腕を肩に回す。
「何処に行けば良いんですか?」
「え?」
「空さん、力を蓄える為に行かなくちゃならない場所があるんでしょう?」
美咲はそう言うと、黙って歩き出した。
気が付くと、座敷童子も空のそばを付いて歩いている。
すると
「美咲? 空さん? どこ行くんだ?」
驚いた顔をした修治が駆け寄って来た。
「修治、お願い。手を貸して」
美咲の必死な言葉に、修治は黙って頷くと空を抱き上げた。
「修治さん、大丈夫です」
慌てる空に
「そんなフラフラでどこに行くのか知りませんけど……時間が掛かる。急がないと」
そう言って修治と美咲は走り出した。
空の案内の通りに歩くと、小さな滝がある川辺に出た。
水の中に入り、滝を抜けるとお社が祀られていた。
「ここで大丈夫です」
空はそう言って、修治にゆっくりと下ろしてもらう。
そこはシンっと静まり返り、神聖な空気が漂っていた。
苦しそうに呼吸をしていた空が、ゆっくりと回復していくのを見て、美咲がホッと肩を撫で下ろす。
「もう、大丈夫です。
あなた方が此処に長く居ると、体調を崩します。
早く戻って下さい」
空に言われて、美咲と修治は顔を見合わせて頷いた。
「美咲さん、修治さん。ありがとうございます」
2人が社から出ようとすると、空がそう言って微笑んだ。
でも、その笑顔は今にも消えてしまいそうだった。
2人は黙って並んで歩くと、修治は意を決して
「あのさ! 美咲。俺、気付いたんだけど……」
そう言い掛けて、美咲が悲しむのを見たくなくて口を噤んでしまう。
「何?」
美咲が怪訝そうに修治を見てから
「ねぇ……教授は、やっぱり風太君を人間界に連れて行くのかな?」
ぽつりと呟いた。
「え?」
修治が驚いて美咲の顔を見ると
「実の父親だから、一緒に暮らしたいのは分かるんだけど……。でも、そうしたら空さんはどうなるんだろう?」
そう呟く美咲に、修治は驚いた顔をして
「え? 美咲、教授が風太ちゃんの父親って知ったの?」
と叫んだ。
「え? あれ? 私、修治に言ってなかった?」
「聞いてないよ! 俺、それに気付いた時、美咲がショック受けるんじゃないかって心配してたのに!」
あっけらかんとしている美咲に、修治が思わず叫んでしまう。
美咲は驚いた顔で修治を見ると
「そっか……心配掛けてたんだ。ごめんね」
と呟くと、俯いて
「何も知らない修治が気付くくらい、あの2人って親子だよね」
そう美咲が呟いた。
「うん…」
美咲の言葉に頷くと、修治は
「相手は……空さんなんでしょう?」
と美咲に訊ねた。
すると美咲は首を横に振り
「私もそう思ってたんだけど、どうやら違うらしい。タツっていう人が、教授の奥さんだったんだって。
絶世の美女だったらしいよ」
そう答えた。
「絶世の美女。あ~だから教授は、どんな女性にも興味が無かったんだ」
「それは過去の話ね!
でも、今は空さんが居るじゃない」
美咲はそう呟いて、大きな溜息を吐く。
「でも、不思議なんだよね。
そもそも教授って、あんまり人の容姿に興味無いじゃない?」
美咲が呟くと、修治が考え込む。
『どんな女が好みかって?……考えた事もない』
いつだったか、修治が美咲の為に恭介に質問をした事があった。
相変わらずの鉄仮面で返され
「ですよね~!」
と呟くと
「……見た目とかそんなものは、どうでも良い。
俺にこいつらより興味を持たせる人かな?
……ま、居たらの話だけどな」
そう言って、在来植物の世話をしていた。
「在来植物……」
「え?」
「教授、此処に来てから一度も探してない」
「言われてみれば……」
美咲と修治が顔を見合わす。
「でも……いつから教授は空さんを?」
思わず口に出してしまい、修治は慌てて口を押さえる。美咲はそんな修治の顔を見て笑うと
「気を使わなくて良いよ。なんとなくだけど……、あの2人、出会った時から空気が似てたのよ」
そう呟いた。
「空気が……似てる?」
「あ~! あんたにはわかんないから、聞き流して。多分、一緒にいるのが当たり前みたいな空気が流れてた。教授、此処に来てから穏やかに笑ってるもん」
美咲はそう言って小さく笑う。
「ずるいよね。あんな顔見せられたら、負けを認めるしか無いじゃない」
ぽつりと言うと、満点の星空を見上げた。
「教授さ……プロポーズしてた」
夜空を見上げてそう呟いた美咲の声が震えている。
「私ってさ、タイミング悪いんだよね~。
空さんが心配で様子を見に行ったら、プロポーズの瞬間にでくわしちゃって」
そう言うと、両手で顔を覆う。
「でも……空さん、断ったんだ」
「え?」
「教授、振られてたんだけどさ……。
なんでだろうね。全然、嬉しくないの。
部屋を飛び出して来た教授、私に気付かなくてね。
凄く、傷付いた顔してた」
美咲の言葉に、修治は何も言えなくなる。
「教授が出て行った後、空さんさ……泣いてたんだよね。私のせいかな?
私が教授を好きだって言ったから、空さんはあんなに頑なに教授を拒んでるのかな?」
自分を責める美咲を見て、修治は胸が痛んだ。
こんな時、うまい言葉のひとつも掛けられない自分が、情けなくて仕方がない。
(教授なら、なんて言うんだろう……?)
ふと脳裏をよぎって、小さく苦笑いが漏れる。
両手で顔を覆い、俯いて泣いている美咲の頭に、そっと手を乗せた。
「恋愛ってさ……誰が良いとか悪いとか、関係ないんじゃないかな。
教授が大好きな美咲も、空さんに惹かれる教授も、そんな教授を受け入れられなくても好きな空さんも……みんな、誰も悪くないと思うよ」
修治はそう言って、静かに夜空を仰ぐ。
普段暮らしている世界では、なかなか見ることができなくなった満点の星空。
雲ひとつない夜に、白く滲む満月が浮かんでいる。
やけに青白く見えたその光は、
きっと──それぞれの胸の痛みを映しているからなのかもしれない。
修治はそんな事を考えている自分に、苦笑いを浮かべた。




