朝に託された願い
「うわ〜……なんだ? あのお通夜みたいな雰囲気は?」
修治が部屋に入ると、食卓には重たい空気が流れていた。
朝食を出している空に、恭介も美咲も視線を合わせようとしない。
風太と座敷童子も落ち着かず、食事を終えるといつもの隠れ家──
大木の根元の空洞へと逃げ込んだ。
「昨夜はあんなに楽しかったのにな」
風太が呟いた時、修治が口元に指を当てる。
「しっ……美咲の声が聞こえる」
耳を澄ますと、庭の向こうで美咲が走っていた。
「空さん! 待ってください!」
その声に、風太が思わず叫ぶ。
「空だ!」
修治が慌てて風太の口を塞いだ。
──庭先では、空が振り向いていた。
「美咲さん?」
驚く空に、美咲は深く頭を下げる。
「その……朝はごめんなさい」
「そんな……頭を上げてください。
むしろ恭介様を想うあなたに、あんな話を聞かせてしまって……
無神経だったのは私の方です」
空もまた、頭を下げた。
「いえ、私こそ……」
「とんでもない、私こそ……」
二人でぺこぺこと頭を下げ合う姿に、
隠れて見ていた風太が首を傾げる。
「修治、空と美咲は何してるんだ?」
「いいから黙って見てろ。
……たぶん、今朝の“お通夜”の理由が分かる」
そう囁く修治に、風太は口を押えて頷いた。
やがて二人は顔を見合わせ、ふっと笑う。
「もう、止めましょう」
「そうですね。キリがないですしね」
美咲の言葉に、空も微笑んで頷く。
「空さん。……今から本音で話しません?」
「え?」
驚く空に、美咲はまっすぐな瞳を向けた。
「私ね、あれからいっぱい考えたんです。
空さん。あなた、本当は──」
「それ以上は言わないでください!」
空の声がかすかに震える。
「お願いです……言わないでください」
涙を浮かべる空に、美咲は絞り出すように言った。
「どうして? 教授だって今は、あなたに惹かれてるのに……」
「違います。……恭介様は──」
言いかけて、空はふと顔を上げた。
「あ……そうそう。
もうすぐ龍神の里の扉が開くそうです」
突然の話題転換に、美咲は目を瞬かせる。
「明後日には人間界に帰れます。
……そうすれば、全ては夢の中の出来事になります」
「私たちの記憶も……消すの?」
静かな問いに、空は儚い笑みを浮かべた。
「それが──此処での掟なんです」
「どうして?
教授は、やっと自分の子供に会えたのに……
そんなの、酷いよ……」
美咲の頬に涙が伝う。
空はそっと微笑み、彼女を抱きしめた。
「美咲さん……あなたは本当に優しい方ですね」
耳元で、小さな声が落ちた。
「美咲さん。恭介さんのこと、お願いしますね……」
その瞬間、美咲は息を呑んで顔を上げる。
「空さん……まさか、あなた……」
だが、空は静かに首を振り、何も答えなかった。
朝の光が、二人の影をゆっくりと溶かしていった。




