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封印が解かれた朝

「ふぁ〜……」

美咲はあくびをしながら、眠い目をこすって台所へと向かった。

昨夜はみんなで、恭介が教えてくれる星座の話に夢中になり、寝るのがすっかり遅くなってしまったのだ。


普段は空が朝食を用意してくれるが、今日は大龍神の神殿へ行っている。

だから、美咲が代わりに朝食を作ろうと思っていた。


「おはようございます」


その声に振り向くと、そこには空が立っていた。


「空さん? 神殿に行ってたんじゃないんですか?」

驚く美咲に、空はいつもの柔らかな笑みを向けた。


「朝食の準備をしたら、すぐ戻ります。美咲さんはまだ寝ていて下さい」


手際よく鍋をかき回す空の姿を見ながら、美咲は口を開く。


「あの……空さん」

「はい?」

「空さんは……」


言いかけて、唇を噛んだ。

(聞いてどうするの? 教授が好きだって言われても、困るだけなのに……)


うつむいた美咲に、空が静かに言葉を落とした。


「安心して下さい」


美咲は顔を上げた。


「恭介様のことですよね? 私はなんとも思っていませんから」


「え……?」


思わず目を見開く美咲。

空は味噌汁の蓋を閉めながら、淡々と告げた。


「人間と私たち龍神が結ばれると、寿命を縮めるんです」


その横顔は、どこか寂しげだった。


「私は……風太が七歳になるまで、死ねないんです」


「それ……どういう──」


「それ、どういう意味だ?」


背後から低い声が響いた。

振り向くと、恭介が立っていた。


「恭介様!」

驚く空に、恭介は足早に近付き、彼女の腕を掴む。


「どうせ朝早く来て、また姿を消すんだろうと思ってな……」


吐き捨てるような声。

その瞳には、怒りと混乱が宿っていた。


「彼女の墓はどこにある? なぜ死んだ? そしてお前は一体……何者だ!」


矢継ぎ早に問う恭介に、空は怯えた表情を浮かべる。

普段、決して声を荒げない恭介が、今にも崩れそうなほど震えていた。


「教えろ! なぜ……名前が思い出せない!」


手首を締め上げられ、空が苦痛に顔を歪める。


「教授! やめてください!」

美咲が慌てて止めに入る。


「邪魔するな! こいつは──俺の妻で、風太の母親の鍵を握っているんだ!」


その叫びに、美咲の動きが止まった。


「え……教授の妻? 風太君が子供って……どういうこと?」


混乱する美咲。

空は震える声で言った。


「離してください! ちゃんと話しますから!」


恭介が手を離すと、空は深く息を吸い込み、静かに告げた。


「恭介様の奥方は、この龍神の里を治める大龍神様の一人娘──タツ様です」


その名を聞いた瞬間、恭介の頭に記憶の断片が蘇る。


「……そうだ。タツ。俺は──なぜ、名前を忘れていた?」


頭を抱える恭介に、空が答える。


「それは、タツ様が亡くなられる前に、恭介様の記憶を封じたからです」


「なぜだ……? 記憶を消す必要なんてなかった!」


「……恭介様に、すべてを忘れて新しい人生を歩んでほしかったのだと思います」


恭介は崩れるようにその場に座り込む。


「じゃあ俺は──妻も、子供も忘れて……のうのうと生きてきたってわけか」


力なく笑う声が、あまりに悲しかった。


「で、お前は誰だ? なぜ風太のそばにいる? 

どうしてタツの代わりに風太を育てている!」


恭介の視線が鋭く突き刺さる。

空は俯き、震える声で答えた。


「私は……ずっと、タツ様に仕えておりました。

 恭介様はタツ様しかご覧になっていませんでしたから、覚えていらっしゃらないと思います」


恭介は静かに立ち上がり、低く呟いた。


「俺の知ってるタツは……他人に子育てを任せるような女じゃなかったけどな」


そう言って、背を向ける。


「……もう分かった。邪魔して悪かった」


そのまま部屋を出て行った。


美咲は震える声で呟く。

「どういうこと……? 教授に奥さん? 

風太君が子供って……」


空が手を伸ばすと、美咲は思わず叫んだ。


「触らないで!」


その瞬間、はっと我に返り、涙ぐむ。


「ごめんなさい……空さんが悪いわけじゃないのに。

 分かってるのに……私……ごめんなさい……」


そう言って、美咲は走り去った。


空はその場に崩れ落ち、膝に手をついて小さく消えそうな声でつぶやいた。


「……とうとう、時が来てしまったのですね……」


その声は、ゆっくりと昇る朝日の中へと消えていった。


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