失われた家族の記憶
目を開けると、心配そうな顔が二つ──美咲と修治が覗き込んでいた。
「教授! 大丈夫ですか?」
美咲の声が、遠い夢の底から恭介を現実へ引き戻していく。
その時、誰かに手を握られていることに気づいた。
視線を落とすと、風太が恭介の手をしっかりと握ったまま、眠っていた。
「風太君……教授に“嫌いだ”なんて言ったから倒れたんだって、ずっと泣いてたんですよ」
美咲の言葉に、恭介はゆっくりと身体を起こし、
反対の手で風太の髪をそっと撫でた。
(あの小さな赤ん坊が……こんなに大きくなるほど、時が流れたのか)
自分と彼女の間に生まれた命。
その無垢でまっすぐな成長は、きっと空が愛情を注いでくれたからだろう。
「さっきまで泣いてたんですけど、今は泣き疲れて眠っちゃったんですよ」
修治の言葉に、恭介は撫でる手を止め、部屋を見回す。
美咲と修治、そして眠る風太。
だが──空と座敷童子の姿がない。
「空さん……教授が目を覚ます直前までは、そばにいたんですけど……」
美咲が言いにくそうに呟いた。
「……そうか」
恭介が短く答えたその時、風太が目を擦りながら起き上がった。
「恭介! 大丈夫か? どこか痛くないか?」
その心配そうな瞳が、なぜか幼い頃の自分に重なって見える。
(……やっぱり、俺の子なんだな)
胸の奥が、静かに疼いた。
「大丈夫だ。心配かけて悪かったな」
恭介が微笑むと、風太は嬉しそうに笑って言った。
「なぁなぁ、オイラな! 恭介のために、大龍神様の御屋敷から卵と鶏肉もらってきたぞ!
だから今日は、空が茶碗蒸しを作ってくれるはずだ!」
そう言って抱きつく風太の小さな体を、恭介は優しく抱きしめた。
「ありがとう、風太」
頭を撫でると、風太は満面の笑顔で言った。
「恭介は父ちゃんみたいで、大好きだ!」
「やだ、風太君、それっぽいこと言わないでよ!」
美咲が苦笑し、修治も頷いた。
「確かに。教授と風太ちゃんって、なんか似てますよね」
「本当か?」
風太は嬉しそうに笑って、恭介を見上げた。
「恭介、オイラと似てるんだって!
オイラ、恭介が父ちゃんだったら嬉しいな。
でも……オイラの父ちゃんも母ちゃんも死んじゃったから、残念だけど違うんだよな」
そう言って、無邪気に笑う。
修治と美咲が言葉を失う中、風太はふっと笑って言った。
「なんだよ、そんな顔すんな。
オイラにはずっと空と座敷童子がいてくれたから、
寂しくなんかなかったぞ」
その明るさが、逆に胸を締めつけた。
「……もし、父親が生きていたら、会いたいと思うか?」
恭介は、気づけば口にしていた。
風太は首を傾げて、少し考える。
「わかんねぇな。
でも、もし生きてたとしても、
きっと“会えない事情”ってやつがあるんだろ?
……まぁ、恭介みたいな父ちゃんなら嬉しいけどな」
無邪気なその言葉が、恭介の胸に深く突き刺さる。
言ってしまいたかった──
「俺が父親だ」と。
けれど、彼は俯いて小さく呟く。
「……そうか」
その横顔を、美咲は複雑な想いで見つめていた。




