沈む記憶
「あれあれ? 教授、ご機嫌ななめですか?」
イライラして叫んだ恭介の背後から、呑気な声が響いた。
振り向くと、修治が籠いっぱいの栗を抱えて歩いてくる。
「片桐……」
いつも通りの調子に、恭介は思わず苦笑した。
「見てくださいよ。向こうの山に行くと、栗がなってるんですよ。
風太君に教えてもらったんですけど、此処って季節が場所によって違うらしいっす」
修治はそう言うと、栗の実を一つ放って寄越した。
恭介は手のひらに乗せた立派な栗を見つめながら、無意識に呟いた。
「……此処は、俺たちがいる場所は春しかない一年中穏やかな気候の場所。
夏と秋は山向こう、冬は大きな川を越えた先になる。
この場所は、風太を育てるのに一番適していると言われて──
大龍神が与えた場所なんだ」
言い終えた瞬間、ハッとして息を呑む。
「へぇ〜、教授。さすが詳しいっすね」
修治が笑った、その時。
ズキン、と鋭い痛みが恭介の頭を貫いた。
「うっ……!」
「教授? どうしたんですか、教授!」
修治の声が遠ざかる。
視界がぐにゃりと歪み、色が褪せていく。
世界が音を失い、ただ自分の心臓の音だけが響く。
暗い。
真っ暗だ。
記憶の底──黒い沼に、ゆっくりと沈んでいくような感覚。
『……大丈夫ですか?』
その声は、確かに聞こえた。
あの日も、同じ声が、自分にそう言ってくれた。
遠のく意識の中で、修治の声がどんどん離れていく。
そして恭介は、抗う間もなく、
深く、暗い記憶の渦へと──沈んでいった。




