表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/50

遠ざかる背中

そして美咲もまた、この里での暮らしが始まって数日が経ち、恭介の瞳がいつも空を追いかけていることに気付き始めていた。

 今も、走り去った空の背中を見つめる恭介の横顔を見て、胸の奥がきゅっと痛む。


「教授!」

 声を掛けると、恭介がハッとしたように顔を上げ、美咲へ視線を向けた。


「魚釣りに行ってたんですか?」

美咲が微笑むと、風太が嬉しそうに口を挟む。

「恭介、すごいんだぜ! 

釣れるポイントが分かってるんだよ!」


「そんなに釣ったの?」

 美咲が笑顔で尋ねると、風太は得意げに笑って指を差した。

「今度は美咲も一緒に行こうぜ!」


 小さな手が差し出される。

美咲は思わず笑みを浮かべ、風太と指切りを交わした。


 そんな二人の様子を、恭介が穏やかな表情で見つめている。

「恭介、今度は三人で行こうぜ!」

「そうだな」

 風太と話しながら優しい笑顔を浮かべる恭介の顔に、美咲の胸は少しずつ締め付けられていった。


 大学にいた頃の恭介は、いつも冷静で、どこか心を閉ざしていた。

そんな彼が、ここでは穏やかに笑っている。

それは本来なら嬉しいことのはずなのに──

なぜだろう、自分の知らない恭介を見ているようで、心がざわつく。


「藤野君? どうした?」

ふと、恭介が覗き込んできた。


「あっ、いえ。何でもないです。

……はい。今度ぜひ、私にも魚釣りを教えてください」

 美咲は必死に笑顔を作り、恭介と風太に向かって頷いた。


 恭介は気付かないまま、風太と手を繋いで家の中へ入って行く。

 その後ろ姿は、まるで親子のようだった。


 そのとき、美咲の背中を小さな手が引っ張った。

 振り向くと、そこには座敷童子が立っていた。心配そうに、美咲を見上げている。


「あっ、座敷童子ちゃん、いたの? 

風太君、教授と一緒にお家に入ったよ」

 笑顔で言うと、座敷童子は美咲の頭をそっと撫で、優しく微笑んだ。


「もしかして……慰めてくれてるの? ありがとう」

 思わず涙がこぼれそうになり、慌てて笑ってごまかす。


(どうして、こんなに不安なんだろう……)


 この里で過ごすうちに、恭介の背中がどんどん遠ざかっていく気がしていた。

 けれど、そのたびに自分に言い聞かせる。


(大丈夫。まだ、何も決定的じゃない。気のせい……そう、気のせいなんだ)


 美咲は座敷童子の手を取って、柔らかく微笑んだ。

「さあ、私たちも戻ろうか」


 そう言って、二人は並んで家の中へと歩き出した。

いつもお読みくださり、ありがとうございます。


あれ? 今日は土日でもないのに三回更新?

……と思われた方もいらっしゃるかもしれません。


実は、次のお話はどうしても“夜に”読んでいただきたくて。

そのため、今日は特別に三回更新にいたしました。


次の更新は 20時頃 になります。

夜のとばりの中で、静かに読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ