迷い込んだ異界 ―龍神の里―
空は両手を胸の前で握りしめると、静かに言った。
「信じてもらえないかもしれませんが……此処は、あなた方人間が来られる場所ではないのです」
「はぁ?」
美咲たち三人が呆れたように顔を見合わせると、空は言葉を続けた。
「此処は──龍神の里なんです」
「龍神の里?」
恭介が小さく呟くと、空はうなずいた。
「はい。大龍神様が本日、明日からの出雲大社での神事に向かうため、
本来なら閉ざされているこの世界と人間界を繋ぐ扉を開かれました。
どうやらあなた方は、その扉が開かれたほんのわずかな時間に、こちらの世界へ迷い込んでしまったようです」
「えぇ! じゃあ、帰れないの?」
美咲が不安そうに言うと、空は申し訳なさそうに首を振った。
「一ヶ月後、大龍神様が戻られる時に再び扉が開かれます。その時に、お帰りいただくことになります」
恭介が腕を組み、考え込む。
「……つまり、その時まで元の世界には戻れないということですね」
美咲はハッとして顔を上げた。
「待って! ということは、教授と一ヶ月間ずっと一緒?」
「美咲、俺もいるよ!」
修治が手を挙げて主張するが、美咲は完全に無視して頬を染める。
「……つまり、学校で一緒にいるより、長い時間を一緒に過ごせるってことよね?」
恭介は、美咲の言葉に眉間のしわを深くした。
(また、よからぬことを企んでいるな……)
──朝日が差し込む食卓。
朝食の準備をする美咲の前に、パジャマ姿の恭介が現れた。
「教授、おはようございます」
「おはよう。……美味しそうな朝食だな」
「はい、教授のために頑張って作りました」
「そうか。朝食の前に、俺は君のその可愛い唇を──」
妄想していた美咲は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「やだ〜、教授ったら! 朝からエッチ!」
恭介の背筋にゾワリと鳥肌が立つ。嫌な予感がした。
「はぁ?」
冷めた目で見つめる恭介。美咲は慌てて笑って誤魔化した。
そんな中、空が申し訳なさそうに口を開く。
「あの……大変恐縮なのですが、宿がありませんので、我が家に泊まっていただくことになりますが、よろしいですか?」
「えっ、ですが……」
恐縮する恭介に、風太が笑顔で言った。
「オイラん家、でっかいから大丈夫だぞ! だから安心して来いよ!」
恭介はその笑顔に小さく微笑み、頭を下げた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「美咲の部屋は教授と一緒でもいいですよ!」
突然の提案に、恭介は頭を抱える。
「あの……鍵のある部屋って、ありますか?」
「ちょっと、教授! なんで鍵のある部屋にするんですか?」
文句を言う美咲に、修治が笑って口を挟む。
「そんなの、美咲が女の子だから心配なんだろう?」
「いや! お前に寝込みを襲われるかもしれないからな!」
恭介の即答に、美咲が頬を赤らめて笑う。
「やだな〜、そんなことしませんよ」
恭介は疑いの眼差しを向けたが、美咲が横を向いて「チッ」と舌打ちしたのを聞いてしまう。
「藤野君? 今、舌打ちしなかったか?」
「やだ〜、気のせいですよ〜!」
そんな2人を見ていた修治が言った。
「でもさ、美咲。着替えどうするんだ? 俺は男だから平気だけど、お前は大変だろ」
「え? 持って来てるよ」
と笑顔で、肩に掛けたバッグを見せる。
「は? なんで?」
「だって今日は、教授の家にお泊まりするつもりだったんだもん」
その言葉に、恭介は真顔で懇願した。
「あのっ! 絶対に鍵のついた部屋にしてもらえますか!」
そんな様子を見て、空が首を傾げて尋ねた。
「あの……お二人は恋人なんですか?」
「はい!」
間髪入れずに美咲が満面の笑顔で答えるが、恭介は慌てて否定する。
「違います! 彼女と彼は私の生徒なんです! あっ、私は教師です!」
美咲を睨みつける恭介に、美咲はぷくっと頬を膨らませた。
そのとき風太が座敷童子に抱きつきながら言う。
「空、こいつらずっと“教授〜”ってやってたぞ!」
「あ……そうなんですね」
空が苦笑いを浮かべると、恭介はさらに慌てて叫んだ。
「違います! 本当に、ただの教師と生徒です!
信じてください!」
「教授〜! そんなに否定しなくてもいいじゃないですか!」
「良くない! 生徒に手を出す人間だと思われたくないからな!」
そう言って、美咲を睨んだ。
こんばんは。
今日もお読みくださり、ありがとうございます。
さて──美咲ちゃん。
恭介を襲える日は、果たして来るのでしょうか?
ちなみに、部屋に鍵はありません。
なので恭介は、引き戸のドアに長い棒をかませて、開けられないようにして寝ています(笑)
次回更新は【明日の朝8時】
皆さまが素敵な夢を見られますように……




