山に響く声
すみません。
1話目と2話目がテレコになっておりました。
もう、直しましたが、ご迷惑をお掛けいたしました。
そこは、山奥の静かな参道だった。
龍神神社を祀るその山は、秋の陽射しに包まれ、木々のざわめきがどこか神聖な気配を放っている。
そんな中、場違いなほどおしゃれな少女が、息を切らしながら山道を駆けていた。
茶色に染めたショートカット、ミニスカートにブーツ、軽やかなジャケット。
細身の体に似合わぬ全力疾走で、彼女は鳥居の前にたどり着く。
少女の名は──藤野美咲。
鳥居を見上げて微笑んだ美咲は、そのまま社殿の裏へと回り込む。
獣道を抜けた先、木漏れ日の中でしゃがみ込み、草木を観察している男性の姿があった。
髪は乱れ、無精髭に土まみれの手。
焦げ茶色の長袖Tシャツにジーンズ姿。
背中を見ただけでわかる、研究者特有の集中力。
美咲は笑顔を浮かべると、勢いよく駆け寄り──
「ふ〜た〜ば〜きょ〜じゅ♡」
背中に飛びついた。
男は前につんのめり、土を払いながら振り向く。
切れ長の目に眼鏡を掛けた、三十代半ばの男。
小さな卵型の顔立ちに、整った鼻筋。身なりを整えれば確実にモテるだろうが、
研究にしか興味がない男──双葉恭介、その人だった。
「ふ〜じ〜の〜君! いきなり後ろからタックルするのはやめてくれないか?」
恭介は眼鏡をクイッと押し上げ、美咲を背中から引き剥がす。
「それで? なんの用だ」
「え〜! 今日、デートする約束だったじゃないですか?」
にこにこ笑う美咲に、恭介の眉がピクリと動く。
「約束した覚えはない」
「え〜! 忘れたんですか? では、再現VTRどうぞ!」
「……は?」
美咲は一人芝居を始めた。
「教授、今度の日曜日、映画を観に行きませんか?」
「……」
「はい、次の台詞!」
恭介は呆れた顔をしながらも、深いため息をつく。
「予定がある」
「それって、いつもの山に行くんですよね? 夕方には終わるじゃないですか。
この映画、すっごく人気なんですって!」
美咲はチケットを差し出す。
恭介は鬱陶しそうに目を細め、ちらりと見ただけで返した。
「素敵なラブストーリーで、絶対泣けるんですって! 一緒に行きましょうよ〜」
「……」
「はい、次の台詞!」
再び促され、恭介は小さく息を吐く。
「予定が空いてたらな」
「やった!」
腕を掴んだまま喜ぶ美咲に、恭介はつい声を荒げた。
「藤野君、いい加減にしてくれ。見てわからないか? 俺は今、在来植物を探してるんだ!」
「でも、今の再現で思い出しましたよね?」
「何をだ」
「映画の約束です!」
「……はぁ。藤野君。俺は今、何をしてる?」
「在来植物を探してます」
「そうだ。暇に見えるか?」
「でももう日が暮れますよ。下山する時間ですよね?」
美咲の笑顔に、恭介はさらに深いため息をつく。
「自宅に戻ったら戻ったで仕事があるんだ。だから予定は空いていない!」
怒鳴られて、美咲は俯いた。
(これで帰るだろう)
そう思った恭介が歩き出そうとした瞬間、
「かっこいい! “自宅に戻ったら仕事があるんだ!”だって! やばい、超かっこいい!」
恭介は固まった。
「じゃあ、邪魔しないから、そばにいてもいいですか?」
あきれたように天を仰ぐ恭介。
風が吹き抜け、森のざわめきが二人を包んだ。




