旅の末々
ここにいる誰もが道を歩んでいる。始めようとした訳でもないこの旅に何を見出すべきなのか。またとない機会とも言えるのだろうが、生憎そのような気分でもなく、単なる自己満足としか感じなかった。
みな幸せを求めて歩んでいる。
この旅には必ず終わりがある。当然、始まりがあれば付随して、終わりはある。それがここの摂理というものだ。我々は脳で考え、動き、話す。思考できなくとも、本能という欲求に動く。人間が脳で思考するのか、はたまた脳に思考させられているのか、どちらが真なのかはわからない。わかるはずもなかった。脳の、もしくはこれに刻まれた遺伝子の奴隷かもしれない。こう思考する運命が決まっていたのかもしれない。本当は、誰も"居ない"のだろうか。私が終わっても、この世界は続くのだろうか。
「結局終わりを迎えるのなら、早かろうが遅かろうがどうだっていいじゃない」
そんな言葉になびいてしまう程に、絶望を経験したのだったか。余りよく覚えていない。明日すべてが狂ってしまう可能性はあるけれど、何度目が覚めてもいつもの景色であったし、昨日の記憶もぼんやりと残っているように感じた。この現実が、現実であったらどれほど苦しいのだろうか。
「なんと素晴らしく出来た世界なのでしょう」
ただ、在るのは今抱いている感情だけのように思える。さっきはあったし、次もある。家族はいるし、友人もいる。そして、私もいる。昨日置いたボックスティッシュの位置が変わっていることもない。可笑しくてたまらない。
「どうせ終わるのならせっかくだし楽しんでしまおうか」
割り切ってしまうのは憤りを感じて、でも、終わった後に何があるのかわからないな。もしかしたらここに来る前、私のようなものが、人間として生きてみたいと思ったのかもしれない。やっと貯まった貯金でこの旅をやってみたかったのかしら。なら、譲ってあげてもいいよ。
幸せは意識しようとしても、毎度これが幸福なのだろうかと違和感を覚える。不幸は何度でも、何時でも感じてしまうのに、過去にしか幸せは存在しないようでした。今が基準なんだから、何を当然のことを言っているのかとも思った。
自分以外がすべて空虚だったらいいかもしれない。この世界は貴方の世界なんだから、どう生きようが許されるのかな。神がいるって誰かは言っていたけどね。
現実を現実として受け入れることは、現実に限界を感じてしまうんだ。でも、現実が、面と向かうような、どうしようもない、体にまとわりつく事実じゃないって思えば、世界も大きくなっちゃうかな。
歴史を否定するのは簡単だけど、存在を証明することはできないし。
理想を思い描いてみて。あれ、何もない子も居るね。まあ、人生この先長いから、何にでもなれるんだよ。未来は想像できるのに、理想が未来になることはないのかな。
凄い!君は理想が叶ったんですね!素晴らしいな。尊敬しちゃう。じゃあ理想も叶えたことだしさ、もう、終わる?
目標がないと成長できないのかしら。目標をずーっと達成し続けられればいいけどね。必ず絶望を味わう。そして今までの成長も無意味だったのかって。それか、旅をコンプリートして終わるときに、
「あれ、これって何の意味があったんだろう」って。
「意味」って、よくないと思う。効率重視なのかな。別にただやりたいって欲があっただけなのに。
結局旅に意味なんてないから、"今の自分"には終わりがくるから。この世に意味があることなんてない。
欲があるからその行動をとっただけで....。その行動を正当化させるために意味が要る?
不老不死でも、かならず終わりはある。例えば、究極の生命体になったけど、宇宙で星になっちゃったなら、「宇宙の星になった」って語られて、そういう終わりになる。いいポストにつかないと、発明されようが無縁の話だろうけれど。
成功体験の記憶は一つもないけど、失敗体験は思いつく気がする。でも、失敗がなかったら君という君は存在しなくなっちゃうから、失敗は成功だったみたいだね。めでたしめでたし。後悔は、後に悔いるんだから、予測できても、気持ちはわからなくて。行動に移せないのかな。何か精神病でも持ってればいいのに。本当は大金持ちなのを隠してるだけだったらいいのに。
叱るって、なんの意味があるのかな。ってよくない、意味を求めたら、意味はないんだったよ。
一時の感情なんてほとんどは何もないまま消えちゃうけど、その感情をもって行動を起こしたら取り返しがつかない可能性もある。少なくとも、終わるまではほかの人から軽蔑され続けるかもしれないね。
でも、終わりがあるんだから、幸運だ。
生きていくためには、世界で価値があるものを持つ必要があるけど、お金をどう稼ぐかなんて習わない。もし上流だったら、ライバルはつくりたくないからそんな教育させない。親切な心があればいいけどね。
結局は自己満足だから、貴方が思うように生きればいいんだよ。終わりがあるから、間違いでも味わい続ける必要はないしさ。
知らない知識だってごまんとあるけど、たくさん持ってハッピーになれたら、それでいいんじゃないかな。どうせ全部なくなるんだから、ハッピーって思えたらなんでもいいんだって。
好きなあの子と巡り合えなくて、お酒とかたくさん飲んじゃっても、いい旅だったなあって。よかったね。
たくさん寝て、たくさん絶望して、幸せに気付かず今日も寝ましょうね。この遊び場で、明日も元気に遊ぼうか。だって、終わりがあれば現実かどうかなんて大して重要なことでもないでしょう?




