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鶴と亀

作者: 島 英正

 その日も空は晴れきっていた。亀はいつものようにのんびりとサボテンを食んでいた。

 いきなり空が陰ったので、何事かと思い、亀は空を見上げた。そこには黒い影が太陽を時々隠すようにして旋回していた。そして亀の前にその影は降り立った。

 それは、一匹の鶴であった。鶴は自分の出現に驚いている亀に話しかけた。

「亀さん、亀さん。」

「私ですか?」

「そうです。あなたです。実はあなたにお願いがあるのです。初めて会ったというのに不躾だとは思いますが、どうか、私を海の底、竜宮城へ連れて行ってもらえないでしょうか。」

「え、なんですって!一体全体なんで竜宮になんて行きたいのですか。」

「実を言いますと、私は昔、竜宮に居たことがあるんです。」

「なんと…。竜宮に…。それはまたどういうことですか。」

 亀は食べるのをやめて、そう言った。

「あなたには、すべてをお話ししましょう。

 かつて、はるか昔、私は浦島太郎という人間でした。

 まだ、若かった私がある日漁を終えて帰ろうとしたときに、子らが小さな亀を虐めているのに出会いました。

 私はその子らに、亀がかわいそうではないか、虐めるをやめなさいと言いましたが、子らは私の言うことなど聞きはしません。果てには私のものではないのだから、とやかく言うなとさえ言う始末です。

 そこで、私は金を出して、その子らに亀を売ってくれるように頼んで、その亀をその子らの手から救い出しました。そしてその亀を海に返してあげました。

 そのあと、私はただ一人の身内である母の待つ家へと帰りました。

 次の日、私はいつものように漁に出かけました。釣り糸を足してからしばらくすると、大きな亀が目の前に浮かんできました。

 その亀が言うには、私が助けた亀があれから竜宮城に行って、私の話をしたところ、今どきそんな人間がいるということに竜宮の一同がいたく感心して、私を竜宮に招待しようということになった。そこで彼が私を迎えに来た、ということでした。

 私は、竜宮は素晴らしいところだと聞いたことがありました。しかし竜宮に行った人なんて知りません。これを逃したら竜宮に行く機会など絶対に訪れないと思いました。

 そこですぐに私は亀の言う通り彼の背につかまって竜宮へと向かいました。

 竜宮はうわさに聞くよりはるかに素晴らしいところでした。竜宮城の美しさといったら、それはまさに筆舌に尽くしがたく、どんなに正確な絵を描いても描き尽くすことのできないものでした。

 最初に竜宮城を見た時の感動は、いまだに忘れることはできません。」

 鶴は一旦そこで言葉を切り、遠き日の思い出を慈しむかのように、目を閉じて空を仰いだ。

 亀はそれを見ながら、中断していた食事を再開した。

 しばらくすると鶴はまた亀の方を向いて話をつづけた。

「竜宮での生活は、それはそれは素晴らしいものでした。乙姫はもちろん他のすべても美しく、苦しみなど何もありませんでした。

 そうして長い間、私は楽しく過ごしていたのですが、そのうちに一人残してきた母のことが気にかかってしかたがなくなりました。

 そして、ついに私は帰る決心をし、そのことを乙姫に告げました。

 いよいよ私が帰ることになった時、乙姫が私に玉手箱を渡してくれました。

 そして『なにか困ったことがあったらこれを開けなさい。でも、もし私にもう一度会いたいと思うのなら決して開けてはなりません』と言って、私を亀の背に乗せてくれました。

 私は喜んで故郷に帰りました。

 しかし、村の様子はすっかり変わっていました。

 人に尋ねると、もう何百年という年月が経っていることが分かりました。私は途方に暮れてしまいました。

 その時、玉手箱のことを思い出し、それを開いてみようと思い立ちました。開けてみるとそこから白煙が立ち昇り、私はあっという間に青年から老人になってしまいました。

 玉手箱の中には私の「齢」が閉じ込められていたのです。

 惜しいことをしたと後悔していると、急に体が軽くなり、私はこのような鶴になっていました。

 そこで、亀さん。」

 鶴は亀をすがるような目で見た。

「私は、何としても、もう一度乙姫に会いたいのです。竜宮城に行く方法を求めて、もう何百年も世界中を飛び回りました。

 なにとぞ、私を竜宮へ連れて行ってください。」

 亀は食べるのをやめて、鶴を見た。

 鶴はさらに頼んだ。

「あなたぐらい大きな甲羅でしたら、私を竜宮に連れていくことなど簡単でしょう。なにとぞ私を竜宮に連れて行ってください。」

 亀は、しかし、悲しそうに頭を左右に振ると、ボソッとこう言った。

「ダメです。」

 鶴は切ない声で理由を尋ねた。

 亀はうつむいてガラパゴスの砂を見つめて小さくつぶやいた。

「すいません。私はゾウガメという陸亀なのです。竜宮へはとてもとても…」

(終)







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