ヒロイン接待
『貴方のような平民、この学園に相応しくないわ。出て行きなさい』
『そんな……学園では皆、平等のはずです』
『お黙りなさいっ。平等は建前よ。そんな言葉を真に受けるなんて……学園も、どうしてこのような常識知らずを入学させたのか……』
目の前で繰り広げられている光景は、私がプレイしていた乙女ゲームのワンシーン。
ヒロインと悪役令嬢。
そしてこの後、人気投票第一位の王子が登場……登場……登場……しない?
「あれ? 王子は?」
王子が来ない。
『……私と貴方が同級生になるだなんて、恥も良いところだわっ……弁えなさい……』
『私、辞めたくありません』
『貴方はこの学園に相応しくないと言っているのよ』
『私は……』
『何をしている?』
人混みから王子が登場。
「おっ、王子が登場……ちょっと、遅くない?」
『アーダルベルト様ぁ……』
『貴方っ今、王子の事を「アーダルベルト様」と呼んだの? 身分を自覚なさいっ』
『クラウディア、呼び方は私が許可している』
『許可だなんて……それでは王子の威厳が……』
『いげん?』
王子は悪役令嬢の言葉を不快に思った様子。
『……平民相手に簡単に名前を呼ぶ許可を出されては、王子の立場が危ぶまれます。即刻訂正されるべきです』
『呼び方くらいで神経質になる必要はないと思うけど』
『アーダルベルト王子は、王子としての自覚をお持ちください。平民に慣れ慣れしくしては周囲に示しが付きません』
悪役令嬢は王子にまで厳しい態度。
『クラウディアは、少々厳しいところがある。ここは学園なんだ、そう目くじらを立てる必要はないんじゃないかな?』
『私は王子やそこの平民の為に申しているのです。後に困るのは本人なのですよ』
『クラウディア、心配してくれてありがとう。だが、ここは学園だ。いくら婚約者でも、私の交友関係に口を挟むのはやめてくれないか』
『なっ、アーダルベルト王子っ……私は貴方の為を思って……』
『ユリエール、行こうか』
『アーダルベルト様ぁ……』
王子は婚約者を残しヒロインと去って行く。
ゲーム通り。
ヒロインと王子がこのあとどこに行ったのかは分からない。
私に分かるのは、残された悪役令嬢が悔し気に顔を歪めていることだけ……
「このまま行くと、悪役令嬢は卒業パーティーで断罪され婚約解消。価値を失くして悪役令嬢は公爵家から縁を切られ無一文で追放される……ゲームだとそういうもんだって受け入れたけど、目の当たりにするとなんだか……可哀想……ヒロインと王子は既に親密な様子だから、ここから円満解消に持ち込めたら……」
突然ゲームの世界に転生。
私はメインキャラではなく、ゲームに映ったのかもわからないその他大勢。
誰も注目していない。
それから情報収集にメインキャラ達の動きを確認。
「悪役令嬢はゲーム通りの性格。王子との関係も不仲。王子はすでにヒロインと親密。そして、攻略対象である側近の宰相の息子と騎士団長の息子とも関係を深めている。学園も過激な性格の悪役令嬢より、健気に耐えるヒロインに同情している。王子や高位貴族の令息を従えているのも大きな影響よね……悪役令嬢、今のところ断罪まっしぐらよね……」
その後、ヒロインが誰を攻略しようとしているのか偵察に向かった。
「宰相の息子を選んだのね……」
彼との好感度を上げるイベントに参加していた。
数日後。
「騎士の息子とのイベントにも? そもそも、王子の婚約者と敵対している時点で王子狙いだったはず……もしかしてハーレム狙っているの?」
もし、誰か一人と真剣に向き合っていれば、ヒロインを応援していたかもしれない。
だけど、ハーレムを狙って悪役令嬢を断罪しようとするのなら、私も黙っていられない。
それから、今後起こるイベントを思い出し戦略を考える。
「確か、剣術大会よね」
彼は学園で開催された剣術大会に参加する。
何試合目かの予試合で怪我をして保健室に治療へやってくる。
ヒロインは剣術大会を観戦することなく、一日中先生が治療するのを手伝っていた。
そこに私達も参加。
「剣術大会を観戦するより、保健室で治療を手伝った方が令息と知り合えるって本当?」
「えぇ。私が聞いたところによると、剣術大会での治療がきっかけで婚約に繋がった令嬢がいるそうですよ」
「そうなんですね」
私は在りもしない作り話で、二人の令嬢を巻き込み保健室での治療補佐に志願。
当然だが、ヒロインもいた。
私達が現れると、なんだか驚いていた。
もしかして、ヒロインも転生者ではないかと疑念が生れる。
そして運命の瞬間。
攻略対象の騎士が訪れた。
「ねぇ、私一人では対応できないみたいなの。そこの貴方、手伝って……」
「え? 私ですか? 私はあの人の……」
ヒロインはたった今現れた騎士の元へ向かおうとするので、私が指示を出す。
「彼も確かに怪我をしているけど、軽傷よ。それより、この患者を手伝って……貴方は、こちらの重傷な彼を見捨てるつもりなの?」
「……分かったわ」
「メイリー、手が空いたなら今来た方をお願い」
私は強引にヒロインを呼び寄せ、騎士の対応は友人に任せた。
重傷患者の治療を終えた時には、騎士は保健室を去り会場へと戻っていた。
その日は、途切れることのない患者の手当てを行った。
友人二人はあまりの忙しさに疲弊し、後日小言を浴びた。
だが数日後、手伝いを頼んだ一人に婚約の申し出があり感謝される。
大会後は距離を置かれていたが、婚約を申し込まれた事で再び友人関係に戻る。
「次は……試験か……」
宰相の息子とのイベント。
彼とは図書室で勉強する。
なので、私も友人を誘い図書室に入り浸る。
三日目にして、二人の姿を目撃。
「ここ分からないなぁ……ねぇ、ここ分かる?」
「そこ、私も分からないです」
「誰か分かる方に聞くしかありませんね……」
そう言って、直ぐ近くにいた優秀な男を見る。
彼は、名乗りを上げることなくヒロインの隣に静かに座っている。
「……に聞いてみます?」
「私達が話しかけるには……」
どう彼と合同の勉強会にしようか悩んでいると、友人二人がちょうど良い発言を。
もちろん私はこれを利用しない手はない。
「二人共、彼は今《《婚約者》》の方といるんだから、邪魔してはいけないわ」
「「ちょっと」」
四人の視線が一斉に私に向いた。
全員、彼らが婚約者でないのを知っている。
私は婚約者でないと分かりながら、わざと二人を『婚約者』と言った。
貴方達は今、婚約者と勘違いされている行動を取っているのよと伝えたのだ。
「……俺で良ければ、教えようか?」
案の定、彼は私達を勉強会に巻き込む。
周囲の目を気にし、二人ではないというアリバイ作りに利用された。
それでいい。
二人で親密な時間を過ごされるより。
逆ハーレムなんてさせてたまるか。
「次のイベントは……」
『ちょっと、どういうつもりなのよっ。いい加減にしてよ』
悪役令嬢の声。
今日もヒロインを……
「すまない」
「あぁ、悪い」
「悪かった」
「あんた達が失敗すれば、私も道連れなんだからね。わかってるのっ」
悪役令嬢は凄い剣幕で相手に対し激怒している。
「何だが、上手くいかないんだよ」
「俺も、シナリオ通り動いているのに邪魔が入る」
「こんな事初めてだ。どうなってんだよ」
悪役令嬢と話す男性三人の声は、とても聞き覚えがある。
私は声の主が私の想像している人物なのか確認する。
「……嘘でしょ……」
そこには攻略対象である、王子と宰相・騎士の姿がある。
「どう……いうことなの?」
目の前の光景が信じられない。
だって、悪役令嬢と攻略対象は険悪なはずなのに……
「今のところ問題ないだろう」
「このまま卒業パーティーで俺達がヒロインを選べば済む話だ」
「ちゃんとやってよね」
理解が追い付かない。
この四人が一緒にいる事や、悪役令嬢が三人に説教している光景。
それより、騎士から『ヒロイン』という言葉を聞いた。
「もしかして皆、転生者なの?」
私は気が付けば身を乗り出して彼らの会話に聞き入っていた。
「そこにいるのは誰?」
悪役令嬢に見つかってしまった。
「あ……私はその……」
「その女だ。そいつに邪魔された」
「俺もだ。イベントぶち壊しやがって」
「お前は誰だ? 運営側の奴なのか?」
攻略対象達が私を次々に責める。
私は逆ハーレムなんて馬鹿げたことをするヒロインを遠ざけて、彼らを助けているつもりだった。
攻略対象達はゲームでは見せたことのない表情を私に向ける。
「イベント……運営側?」
彼らの口にする言葉は、私のよく知っている言葉。
「貴方、何も知らないの?」
悪役令嬢が何かを確かめるように私に尋ねるも、私には何のことだか分からなかった。
「なら、こっちの世界の人間ってことか?」
「偶然、俺達を邪魔していたのか?」
「いや、運営側という言葉を知っている様子だから俺達と同じような立場だろう……」
四人がこの世界の人間ではないと判断するも、理解が追い付かない。
「皆さんは……転生者なんですか?」
彼らに、私の辿り着いた答えを質問する。
「転生者? もしかして、貴方も対象なの?」
悪役令嬢は私に質問する。
「対象? なんのですか?」
私は女。
ヒロインの攻略対象にはならない。
「どういうことだ?」
「今回は二人なのか?」
「俺は何も聞いてないぞ」
攻略対象三人も分かっていない様子。
「皆さん一体なんなんですか?」
「貴方……何も知らないみたいね。ここはある女性の為の世界よ」
「ある女性……」
私は悪役令嬢の言葉を繰り返すしか出来なかった。
「ここは乙女ゲームの世界。ある女性が大好きだったゲーム。ヒロインの彼女はもうすぐ死ぬの」
「死ぬ?」
ヒロインが死ぬというのはどういう意味なのか理解できない。
このゲームでは、いくつかのバッドエンドはあってもヒロインが死ぬことは無い。
「ヒロインの彼女はある事故で脳機能障害を負い二度と目覚めることがないと宣告されたの。今は家族の希望により延命維持装置で命を繋いでいるわ。だけどそれも現実的に限界になり今回、家族は装置を外す決断を下したそうなの。だけどその前に、大好きだったゲームを体験させ幸せな夢で見送りたいと家族からの依頼。この世界はゲーム会社が協力し、脳障害を負った人間に見せたい映像を見せている世界よ。脳の損傷部位によって適応不可能の場合もあるけど、彼女の場合は映像を見せる事には成功。だけどヒロインがゲームにない選択肢を選択した場合、柔軟に対応できるよう現実世界の人間が相手役をする必要がある。それが私達』
「そう……なんですね。なら、私は……」
「貴方もバイトで選ばれたんじゃないの?」
「バイト……そういえば……バイトの面接にいって……ゲームは好きかと聞かれ……あれ?」
「面接って事は、今回は見学でしょ? 『何もするな』『見ているだけで良い』って、言われなかった?」
「あれ……言われた……ような……」
確かにそんな事を言われたような気もしなくもない……
「全く。貴方のせいで、今回はシナリオが崩れたわ」
「……すみません」
「今後は邪魔しないでね」
「はい……」
それから私は彼らを傍観する事に。
ヒロインはゲーム通りイベントを熟していく。
そして私はヒロインのいないところで役を忘れて彼らと会話する事も。
「あの、皆さんはどうしてこのバイトに?」
「それは……なぁ」
「なぁ……」
「良いじゃないか」
男性陣はなんだか言いたくない様子。
「私が教えてあげようか?」
「おいっ」
「この王子は、キャバ嬢に貢ぎまくって借金まみれ。キャバ嬢に騙されてるとも知らずにね」
「違う。騙されてない。今度、新作のネックレスと一緒にプロポーズするつもりだ」
「ふっ、プレゼントだけ奪われて振られるわよ。それがキャバ嬢の手腕なんだから」
「ユリアちゃんはそんな子じゃないっ」
「それで、何度このバイトしているんだか」
「ユリアちゃんのお祖母ちゃんが入院中だから俺が支えてあげないといけないんだ」
教科書通りのキャバ嬢に貢がされている王子。
「はいはい。んで、こっちの騎士は酔っぱらって喧嘩した相手に怪我を負わせて多額の治療費が必要なの」
「あのなぁ、俺が怪我を負わせたんじゃない。あっちが急に絡んできて、俺が殴るフリしたら勝手に転んだんだ」
「殴ったんじゃないの?」
「ちゃんと寸止めしたさ。向こうが転んで頭ぶつけたんだよ」
「どうだか。元ボクサーの拳は凶器なのよ」
「俺だって自覚している。いくら酔っていても、一般人を殴るわけないだろう」
「なら、殴ってないって言えばいいじゃない」
「防犯カメラの角度で当たっているように見えたんだよ」
騎士の話が正しければ、少し可哀想な気もする。
「そうなの? まぁ、それでお金が必要と……んで、こっちの宰相が……」
「自分で話す。俺は横領……」
「横領?」
つい、聞き終わる前に口を挟んでしまった。
王子や騎士は犯罪を犯してないが、横領は立派な犯罪です。
「横領した同僚を問い詰めたら、そいつは専務の息子で俺が横領犯だと仕立て上げられた。証拠も偽造されて、被害届を出さない代わりに退職させられた。素人の俺には打つ手なしなので、弁護士雇うためにこのバイトをしている」
「そうだったんですね。えっと、頑張ってください」
「……おう」
「それで、貴方はどうして応募したの?」
今度は私が悪役令嬢に聞き返される。
「私は……」
「ホストに嵌ったとか?」
キャバ嬢に嵌った王子が嬉々として私を引きずり込む。
「違います。私は奨学金を返す為にです」
「あぁ、奨学金地獄ね……まぁ、このバイトは金払い良いわよ」
「そうだよな。お金大好きのお前が言うくらいだから。こいつはな、金持ちの旦那と離婚したのに贅沢が忘れられず買い物しては破産。んで、ここでバイトをするの繰り返し」
「何よ、別に悪い事してないからいいでしょ」
皆それぞれの事情で乙女ゲームの役を演じていた。
「一応、忠告しとくわ。あなたもきっと悪役令嬢を演じるんだろうけど、シナリオを確認してから受けなさい」
「シナリオですか?」
「悪役令嬢にもいろんなタイプがいるでしょ。今回の私は追放エンドだけど、物語によっては悲惨な死を遂げるものもある。そういうものは金払い良いけど、ゲームとはいえ殺される体験をするから現実に戻っても恐怖が残る可能性があるわ。やるなら、軽いものからしなさい」
悪役令嬢の言うとおり。
乙女ゲームでの悪役令嬢の最後として、暗殺や処刑・強盗に襲われ強姦にあうなどもある。
そんなものにあたったら、シナリオをやり遂げる自信がない。
先輩の助言はありがたく頂いた。
「……はい、分かりました。ありがとうございます」
「初心者のあんたにそんな難易度のある役をさせるとは思わないけど、最近悪役になり切れない悪役令嬢が増えて来ちゃったからね。ゲームの攻略対象に気持ちを持っていかれ、シナリオを強制終了させることもあるって聞いたわ」
攻略対象はゲーム通りの見た目なので、好きになっちゃうのも分かる。
王子のことも現実での生活を聞いていなかったら、ゲーム通りの王子だと思ってしまう。
「そうなんですね」
悪役令嬢は本当に役であって、悪役ではない人だ。
「って、もうそろそろ私達の時間じゃない?」
「やべっ、急がねぇと」
悪役令嬢と王子が何かを察知。
「おお、この話の一大イベント。階段落ちかぁ」
悪役令嬢がヒロインと階段で言い争いになり、ヒロインを振り払うと落ちてしまう。
そこへ駆けつける王子。
「今度は遅刻すんなよ」
王子は一度、悪役令嬢とヒロインが言い争いを仲裁するシーンで遅刻していた前科持ち。
「分かってるよ」
「二人共、行ってらっしゃい」
騎士と宰相と私が見送る。
「行ってきます」
「おう」
この後、ゲーム通りに進み悪役令嬢は断罪。
ヒロインは逆ハーレムエンドを選択、幸せな終わりを迎えた。
「……おはようございます。どうでした、わが社が開発したゲームは」
私は現実世界に戻る。
「リアル過ぎて、他の皆さんに教えて頂くまでゲームの中だと分かりませんでした」
「そうでしたか。何度も改良していますからね。それで、どうですか? 今後メインキャラとして働けそうですか?」
「はい、やらせてください」
ーーー完ーーー