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最後のわがまま(仮)  作者: TUKIMIYO
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 不安に思い始めた頃、ようやくさっきの彼が戻ってきた。色々と食器を載せたトレイを持っている。その後ろにはスタッフの女性が、配膳用らしいカートを押しながら入ってくる。

 私は立ち上がる。

 テーブルの上に次々と並べられたものは、まさにアフタヌーンティーの用意だ。 いよいよ朝倉さんが来るのかと少し緊張した。しかし、ふいに彼が喋った。

「申し訳ないけど、アフタヌーンティーの相手は俺です。どうぞ座ってください……あ、俺は今日非番なので」

「え?」

 彼が先に座ったので、習って私も腰掛けた。スタッフの女性は出ていった。

「これって一体どういう…」

「明日ここでパーティーをやるんだけど、依頼した歌手が出国できないらしくて、朝倉…さんはその対応に追われてる」

「そうなんですか…。そうですか、パーティーの前日なんて、忙しい日に来ちゃいましたね」

「パーティーはしょっちゅうやってるから、気にする必要ないよ。本当はおととい来日する予定だったけど、不幸があったとかでギリギリの日程になったんだ」

「……歌手って、どんな人が来るんですか? 海外の歌手?」

「ああ、田畑さんは音楽やってるんだっけ? 待ってな」

 彼はそう言って、あたりを見回してから軽い調子で部屋の外へ出ていった。

 徳丸さん。仕草や、言葉遣いがどうもこの屋敷には似合わない。さっき本人も言っていたけれど、堅苦しいものが苦手そうだ。

 声だけ聴いていたら、深夜にコンビニ前で意味もなく集まって喋っている男の人達のようなーーーこれは偏見だけど、そんな感じがした。徳丸さんが戻ってきて、私の前に1枚の紙を差し出す。

「ほら案内のハガキ。今回のはチャリティーパーティーなんだ」

 受けとった横長ポストカードを眺めて、私は目を見張る。そこにはよく見知った名前があった。昔、日本で活躍していた歌手。私が人生で初めて買ったCDの歌手『守矢ほのか』。私はポストカードの名前を指さしながら尋ねた。

「こっ……、この人って歌手をやめたんじゃ…?? 今はイタリアで暮らしてるはずで」

「知ってるんだ? 俺はぜんぜんわからなかった。昔はすごい有名だったって聞いたよ。イタリアじゃなくて、マカオから飛行機で来るって」

「あの、私」

 思わず声が出た。

「私も、このパーティーに参加することって出来ませんか?」

「え?」

「参加費っていくらですか? もし高額なら………。パーティーって、準備とか片付けとかありますよね? 私ホテルでケータリング手伝いののバイトやったことあるんです。それでもよければ。あっ、この歌手の歌を聴きたくて」

 徳丸さんは少し笑った。

「高校生だろ? 会費はいらないって言われると思うよ。そもそも今日だって、田畑さんのことはお礼で呼んでるんだし」

「そうですか、あの…、よろしくお願いします」

「そんなにファンなのか。いいよ、もちろん聞いてみる。でも、いま出国で揉めてるくらいだから、結局来れないかもよ?」

「その時は、なにかお手伝いして帰ります」

「はは。まぁ知り合いもいないんじゃ、手伝いでもしてたほうが気が楽か。まぁとにかく話してみるよ」

「桜香ちゃん」

 開けっ放しだったドアから、急に朝倉さんが現れた。先日よりは普段着だったけど、それでもすごく上品な雰囲気だった。私の横までくると、握手をするのかと思ったら抱擁だったので、私は少し戸惑いながら応じた。相変わらずいい香りがした。

「ごめんね、せっかく約束したのに。食事だけでも楽しんでいって! また今度改めて」

 彼女はすぐに部屋を出ていきそうな勢いだったが、向かいの徳丸さんが呼び止めた。

「ねえ、この子が明日のパーティーに来たいって。いいですか?」

「え?本当? もちろん来て」

「歌手のファンみたい」

「うそ本当に? 世代じゃないでしょ?」

 朝倉さんは驚いた様子で私をみる。少しだけ照れくさかった。

「本当です。もう歌手活動はしないのかと思ってたんです。CDは全部廃盤で………CDショップ探して、残ってた1枚だけ新品で買いました。ほかは中古で集めて全部持ってます!曲も知ってます」

「すごい、私たちだって偶然出会ったのに、こんなことってある? 私と彼女は中学の同級生なの。それで、チャリティーだって話を聴いて協力してくれるって言うから」

「そうだったんですか」

「びっくりしたなぁ、じゃあ絶対歌ってもらわなきゃね」

 映子さんは微笑みながら、容姿からは想像できないような力強いガッツポーズをして出ていった。

(やった……)

 私は映子さんが出ていった出入り口をただ見つめていたが、向かいに人がいたことを思い出して、席に座り直した。

「よかったね」

 そういいながら、彼は大きな口でスコーンにかぶりついていた、と思ったら一口で食べてしまった。しばらく咀嚼して、最後に紅茶を少し飲む。

 静かになると、なんだか少し気まずい。私も眼の前のフルーツサンドを手に持ったが、心臓があまりにもバクバクして落ち着かず、食べられなかった。食べ物が喉を通らないって、もしかしてこういうことかも。

 高揚する。大胆なお願いをしてしまった気がする。偶然の縁でここにたどり着いたけれど、こんなことってあるんだ。今でも信じられない。

「食べないの?」

「食べたい気持ちはあるんですが、ドキドキしていて」

「今ので? あの人も芸能人だもんな、一応」

 この徳丸さんと朝倉さんの関係はずいぶん砕けている。どういった仲なのか気になってはいたけど、私の頭の中はそれどころじゃなかった。

 早く帰らないと。帰り道で曲を聴き直して、ファンレターを書かなくちゃ。

 きっともう、”守矢ほのか”の歌を生で聴ける機会なんて、一生ないんだと思ってた。

 私がはまった当時はまだ、歌詞の意味なんてよく分からなかったけど、あまりにも優しい歌声で感動して泣いたこと。あの日の気持ちを鮮明に思い出せる。


 こんなことってあるんだ。

 私は歌手としての夢を諦めるかもしれないけど、あの日あのベンチで落ち込みならがら時間を潰してなければ、この出会いはなかった。

 マイクは壊れて、でも、私はこれからもこうして音楽を楽しめる。

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