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最後のわがまま(仮)  作者: TUKIMIYO
3/4



 その日は朝から少し浮足立っていた。空は高く晴れている。

 薄めのコートを羽織ってちょうどいい気温だった

 いつもより大人びた服を着て、アイメイクもして、お気に入りのガラスのイヤリングをつけた。揺れるから歌うときには邪魔で、いつのまにか壁の横で飾りになっていたもの。

 鏡の中の、私の顔。

 頭の隅では、盗人からぶつけられた言葉がリフレインする。

 私は、一瞬で人の目をひけるほど整った顔じゃない。

 それでも、普通に生活していく分には問題なくて、平凡だけど……、華はないけど、悪くはない顔だと思う。

 角度によっては目も当てられない顔なのは知ってる。でもそれを人に見られるのは1日の中で数秒ぐらいだと思うから、なんとかやり過ごして生きてる。

 体型も、標準体重内だからたぶんデブじゃない。

 芸能界で活躍しようとさえ思わなければ、ぜんぜん問題ないんだ。

 そう、頭ではわかっているけど。


 都内の駅。

 徒歩10分ほどの個人宅まで来るように指定された。一見普通の住宅街に見えたけど、進むにつれて少し様子が違うと気付く。

 緩やかな傾斜が続く、広めの道路。

 周りを見渡すとほとんどが一軒家。シャッターや鉄門扉、車庫があり、車が見える。庭もある。

 この辺が高級住宅地だって知識はあったけれど、関わりもなかったから現実味がなかった。

 芸能人はこういうところに住んでいるのか、と不思議な感覚でもあった。

 途中、電柱横にある分別ゴミステーションをみて、あの女性ーー朝倉映子さんも、寝起きですぐごみを捨てに来るのかな?なんて考えた。そんなわけないか。きっとお手伝いさんがいるだろう。


 目的の家の前に到着する。

 2階建ての、リゾート地にある別荘みたいにおしゃれな建物だった。

 真っ白な蔦模様に飾られた、門扉が目立っている。

 右手ポストそばにインターホンらしい物を見つけた。

 ボタンを押す寸前、本当にこの家であっているのか不安になってスマホの地図を開く。すると、突如どこからか機械音がした。

「どちら様でしょうか」

 男性の声。インターホンのすぐ横にスピーカーみたいな箇所がある。

「あ、私、先日メールしたあの」

 喋っている途中で、急に我に返った。

 私ってなんて大胆なことをしているんだろう。

 母の気を逸らすことができたって、芸能人と知り合いになったからって、美味しいケーキを食べたからって。

 私の問題は解決しない。本当にただの現実逃避だ。

 いままでただ、実力をつけたくて黙々と練習を頑張ってきた。

 目の前の道が塞がれたからって、急に楽な道にそれようとしている自分が急に恥ずかしくなった。

 私は本当にこれでいいのかな。こんな事をしていいのかな。

 体がこわばって、頭が真っ白になって喉が詰まる。いつもそうだ。大事な場面でうまくやれない。

「あの……」

「メールで連絡していた田畑さんですね。お待ちしていました。いま行きますので、そこでお待ちください。……名前くらいは言えるようになったほうがいいですよ」

 通話が途切れた。

 嫌みを言われた、と思ったけれど、それより声の主がどこから現れるのか気になって仕方ない。

 よくよく見ると、塀の上にも、インターホンのそばにもビー玉みたいな小さなレンズ……カメラがあるのがみえる。

 映像で私の顔を確認したんだろう。

 声の主は、口調から推測すると先日の事件現場で会ったガードマンのようだけど、そうじゃなかったら余計に恥ずかしい。もう誰が出てきても抵抗がある。

 頭の中では、どうやってお茶を断って帰宅するか言い訳を考え始めていた。

 朝倉さんに挨拶だけして帰ろう。

 なんの下心もなしで、あの綺麗な姿だけはもう一度目に焼き付けておきたかった。

 腹痛、頭痛とか、朝から少し目眩がしていたとか。いくらでも理由は作れる。

 しばらくして、門の奥から音がした。おそらく、ドアの開閉音。

 そして門の脇にある通用口が開き、その向こうに見えたのは、やはり先日事件現場で顔をあわせた朝倉映子のガードマンだった。

「どうぞ」

 促されて、通用口からなかに入る。前庭があって、プランターにはさまざまな植物が植えられているようだった。今の季節は、緑と枯れ葉色だけで、すこし寒々しい。

「なんだか疲れてますね」

 気付けば、前を歩く男が振り返ってこっちを見ていた。名前…なんだっけ。もらった名刺には確か徳丸と書いてあったはずだ。

「えっ……、ああ、このあたりが高級住宅街って知ってはいたんですが、ほんとにすごい家ばかりで、緊張してます。この家も」

「住んでるのは同じ人間ですよ」

「そうですね……」

 門から玄関ドアまで距離があった。沈黙が気まずかった。ふいに男が訊いてきた。

「大学生?」

 私は少し驚いて、答える。

「高3です」

「高3か。俺の弟も高3。俺は21……じゃない昨日22になった。去年からここで働いてる。ちょっと知り合いの家…みたいな感じでツテがあってさ。あの人、芸能人だって知ってる?」

「はい、最初はわからなくて……。あのあとテレビで見て知りました」

「だよな」

 彼とは思ったより年が近かった。

 服装でかなり大人びて見えるみたいだ。どう喋っていいのかわからなくなった。

 彼は言う。

「今日は、ちょっと口うるさい人とケーキ食べてるって思えばいいよ。実際、普通の人だし」

 もしかして、緊張をほぐそうとしてくれているんだろうか? かなり意外だったので興味がわいて彼の顔を見た。

 長身のわりに童顔で、すこしちぐはぐだ。

 フーディーを着ていれば高校生に見えるだろうし、顔を隠せば20代後半くらいにも見えた。

「ここのスタッフのなかでは、俺が一番年下なんだ。ぜんぶ敬語だから面倒くさい」

 私に愚痴られても困るけど、ただ、冷たい印象は薄くなった。

 私と同い年の弟がいるなんて話を聞くと、急に身近になったような気がした。

 ステップをあがり、重々しい玄関ドアをあけ中へ入る。玄関は広く、あまりにもすっきり片付いている。まるでモデルルームみたいだった。

 正面には巨大な和風の花瓶に、大ぶりな花が飾られている。

 促されてスリッパに履き替えた。横から彼が手を差し出してくる。

「上着はここで預かります」

「でも、すぐ出かけるんじゃ」

「出かけ…? ああ、外じゃなくてこの家でお茶するんだよ」

「そうなんですか?」

 意外だった。そしてすこし残念だった。

 よくSNSで見るような、豪華でおしゃれなアフタヌーンティーを期待していたから。

 私は彼に上着を預け、再度案内されて廊下を歩く。廊下の長さからいって、想像以上に奥行きのある家だと気付く。正面から見ただけじゃわからなかった。

 この家の雰囲気に気圧されそうになっていると、彼は言う。

「あの人に、仕事関係でもない個人的な客が……しかも学生が、お茶しに来るって聴いたらはりきっちゃってさ。あ、料理担当のスタッフがいるんだよ。朝から俺も駆り出されて大変だった」

「そうなんですか……」

 さっきからよく喋る。わたしは彼とどういうふうに接していいかわからないまま室内に入った。

 部屋はそこまで広くなかった。

 奥のほうから、太陽光がレース越しに差し込み、帯のように壁や床を照らし、部屋全体に白っぽい印象をもたせていた。ここへ来たことはないのに、どこか懐かしいような気持ちにさせられた。

 まさに、個人のティーサロンだ。

 ソファにローテーブル。風格のある素材に意匠が掘られていて、パッと見ただけでも簡単に手に入るような家具じゃないだろうとわかる。

 私は静かに息を飲んだ。これなら確かに、外へ出る必要もない。窓側には、丸テーブルと椅子が二脚。

 椅子に座って待つように言い残し、彼は部屋を出ていった。ひとりにされて、私はようやく息を吐き出しあたりをみまわす。

 芸能人は高層マンションに住んでいるんだと思い込んでいたけど、こういう場合もあるのか、としみじみした。

 スタッフらしき女性が温かい紅茶を持ってきてくれて、すぐに出ていった。

 スマホを見たりしながら、落ち着きなく待った。

 5分経っても、10分経ってもなんの音沙汰もない。紅茶もカップに半分のところまで減った。

(忘れられてないよね……??)


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