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最後のわがまま(仮)  作者: TUKIMIYO
1/4

最後のわがまま1

1


 人生には大きな転機がいくつかあるって、昨日見た映画で言っていた。私にとっては、それが昨日だったと思う。


 高3の11月。私は人生のどん底だった。

 ボーカル教室の同期は先にデビューして、私にはオーディションの不合格通知が届いた。最悪なことに、ボーカル教室の帰り道でそれを確認してしまった。


 こんなことなら進学を視野に入れておけばよかったって思う。問題なく卒業はできるけど、私はその先が決まってない。ほんとに何も考えてなかった。世間知らず。

 ーーーー高1の学園祭で友達と歌っていたら、芸能事務所からスカウトを受けて、浮かれてた。

 ただ、デビューするには足りないところがあるから、それを1年かけて直していこうって。たくさんのレッスンを受けたけど、1年後に事務所は倒産した。

 先払いしたレッスン料は、返金されていない。どうやらたくさんスカウトして、レッスン料、サポート料のようなものを払わせたあと、厳しく指導して辞めさせる手法だったらしい。

私は、厳しさに耐えることが上達への近道なのだろうと思いこみ、無心で通っていた。私みたいのが一番のカモだった。

 事務所に所属することは親にいい顔されなかったから、この結末について本当にひどく叱られた。

 反論できなかったし、ただ惨めだった。

 それでも、社会のことを知って何かの掴めたような気がしたし、あと少しで芽が出るような予感もあった。だから親を説得し、バイトも続け、ボーカルレッスンに通いーーー。

 

 今回のオーディションに賭けていた。

 でも、ダメだった。


 気持ちを落ち着かせようと、手グセでSNSを開き眺めていたら、デビューした同期と、私が憧れる先輩のツーショ写真をみてしまって、最悪な気分だ。

 友達は悪くないけど、いつも少し同情されているような気がして、それが心を刺激する。

 

 帰ったら親になんて話そう。帰りたくなかった。

 きっと親は、今から高校に頼んで就職先を探して、どこでもいいからひとまず就職しろって言うだろう。考えるだけで憂鬱だ。


 駅からの帰り道は、途中に大きなショッピングモールがあって、その広場を突っきって近道する。

 行き交う人達は笑顔で、みんな楽しそう。

 キャラメルポップコーンの匂いまで漂ってきて、胸が傷んだ。

 私が歌を始めたのは小学生のとき。クリスマスに催し物広場でCD発売記念ミニライブを見たことがきっかけだった。

 新人グループだったけれど、すごく魅了された。今でもしっかり目に焼き付いている。

 あそこでミニライブすることだって、ものすごくたくさんの関門を通り抜けた向こうにある出来事なんだって、最近ようやく実感するようになった。

 入り口は簡単そうにみえて、めったに辿り着けない。だから、夢見る人がたくさんいるんだろう。


(どうしよう、これから)

 私は、少しでも帰宅時間を遅らせようとしていた。

 人通りのない通路に、ベンチを見つけて座る。思わず息がもれた。

 ドラックストアで買った2割引のあんパンと、67円の緑茶を取り出す。

 普段は水筒を2本準備してほとんど済ませているけれど、今日はさすがに足りない。

 ぼうっとしながら、ささやかだけど落ち着ける時間を味わう。このベンチに座っている間は何も考えたくない。スマホを見るふりをしながらロック画面をただ眺めていた。


 こんなにつらい思いをして、私って、なにがやりたかったんだっけ。

 

 この商業施設は、今の時期イルミネーションが綺麗だ。今日は点灯式があったらしく、中央通りは特別な出店で賑わっていた。

 この施設の公式ゆるキャラ「ふきるん」が、催し物広場で司会のお姉さんとチームになり、激しいダンスを踊る。

 ハロウィンも近いから、仮装したジュニアダンスチームの発表の場所にもなっていて、人気のイベントだ。

 私もそれが毎年楽しみだったけれど、このままだと嫌な記憶になってしまいそう。


 私は、自分がオーディションを受け始めるまで意識したことがなかったけれど、きっと「ふきるん」の中の人はすごく上手なダンサーだ。

着ぐるみなのに、あんなにキレのあるダンスを踊れるのだから。

 みのるんは、この地域じゃ知らない人がいないくらいの人気キャラ。きっと中の人も選抜されているはず。


「捕まえて!!! 私のカバン!!」

 急に聞こえた、女性の叫び声。

 私は現実に引き戻され、声のした方向を確認する。

 ハンドバッグを抱えた男がこっちへ走ってくるところだった。その奥には声の主の女性らしき人が見える。パンプスを履いた細い足。

(えっ……)

 あたりを見回しても、他に人はいない。

 私はリュックを手にとった。男が私のまえを駆け抜ける直前、足元へふり出す。

 ガンッ!と硬いものがぶつかった衝撃があり、男は勢いよく、前につんのめるようにして倒れ込む。

 その瞬間、リュックには音楽機材も入っていたと気付いた。お金を貯め、悩みに悩んで買ったマイクとコンプレッサー。血の気が引く。

「クソ女ぁっ!!デブ!!!ブス!!」

 苦痛に顔を歪めた男は、石畳に這いつくばりながらそう叫んだ。

 その時、私のなかの何かが事切れてしまったような気がした。


 ああ、歌唱の問題じゃなかったのかも。

 私がデブでブスだから、なかなかオーディションに合格しなかったんだ。


 私はなぜか急に冷静になって、リュックを拾いあげ、もう一度男の背に叩きつけた。

 強く叩きつけた。

 機材なんて壊れてしまえばいい。そうすればもう、ゴールの見えない努力を続けなくてすむ。

「…っすみません! ありがとうございます」

 背後から大きな声をかけられ、振り返る。

 そこには黒スーツの、背の高い男性がいた。息を切らしている。 

 その奥には、ヒールで走りにくそうにしている女性が見えた。まだ数メートル向こうにいる。

 男は息を整えながらも、慣れた様子で犯人の腕を押さえつけ、痛そうな方向にねじる。

 そして、胸元のピンマイクのようなものでどこかと通話したあと、顔を上げ私をみた。

「勇気がありますね、本当に助かりました。普通は身がすくんでとっさになんて動けないんですよ」

 そう言いながら男性は、倒れている犯人を引き起こそうとしたが、何か驚いたような顔をして目を見開き、こっちを見た。犯人がピクリともしなかったからだろう。

 私は余分に殴打したことが後ろめたく、目を逸らした。

「っ……、リュックで何度か叩いたんです。起き上がってくる気がして、怖くて」

 つい、嘘をついてしまった。

 私たちが話していると、犯人はまた鈍くもがき出す。その様子をみて私は少しほっとする。

「とにかく、あとはこっちで処理しますので。ご協力ありがとうございました」

 男は犯人から取り上げたカバンを、後方から追いついてきた女性に渡した。

 女性はなかを探ってカードケースのようなものを取り出して確認し、安堵の表情をみせる。 

 やがて、ベンチ前で呆然としている私に気付いた。

「本当にありがとう。大切なものがはいっていたの」

「いえ、偶然ここに座っていたので……」

 女性は立体的な身体だった。髪は後頭部で綺麗にまとめ髪になっていて、コートも高そうに見える。

 キッチリとしたメイク。花のようないい香りが漂ってきた。優雅な雰囲気があり、豪邸にでも住んでいそう。

 ずっと年上の大人だろう。

 何歳かといわれると何歳にも見えるような見た目をしている。なにがそう見せるのかはわからなかった。

 年齢不詳の美容インフルエンサーのような印象だった。

 彼女が笑顔を見せると、まるで花が咲いたよう。あまりに整っているので、幻覚みたいだ。

 まるでモデルか芸能人を間近で見ているみたい。見惚れていると、彼女は言った。

「どう?」

「えっ……、なにが…」

 私は見惚れて話を聞いていなかったらしい。慌てて返事をする。

「お礼がしたいの。ぜひ食事でもどうかしら?」

「いえ、そこまでのことじゃ」

「私にとってはそのくらい大切なことだったの。そんな形式ばったものじゃなくて、ケーキでもどう? アフタヌーンティーなんて流行ってるって聞いて」

「ア……フタヌーンティー……」

「じゃあこれが私の連絡先。いつでも連絡してね」

「映子さん」

 流れのままに名刺を受け取ろうとすると、男が強い口調で咎めた。

 彼女はハッとした様子で名刺をしまい、中を探ってもう一度取り出した。名刺を見せながら、男のほうに視線をやる。

「これはこの子の名刺。私につながるから、いつでも連絡してね」

「この子って呼びかた……」

 ため息混じりに男がぼやいたのが聴こえた。

 ただの雇用主とガードマンというわけでもないらしい。男は呆れた顔のまま言った。

「そういうわけなので、日程希望を僕に連絡してください。その気があればですが」

「ねえ。一緒に美味しいケーキを食べるだけなのに、なんでそんな言い方をするの? それじゃ彼女が連絡しにくいでしょ?」

「先に『この子』なんて呼び方して俺を不機嫌にさせたのはあなたでしょう」

「いつもは気をつけてるじゃない! とっさに口から出ただけなのに」

 二人がギスギスして来たところで、これ以上首を突っ込まないように帰ろうと思った。

 手にしていたリュックを背負い直す。

 その時ーーーー。

 すぐうしろで聴こえた、カラカラという間の抜けた変な音。本来は聴こえないはずの音。

 破損・変形しただろうリュックの中身を思い出して、私は思わず唇を噛んだ。

「ね? 私は大歓迎だから、良かったら付き合ってほ……」

 彼女の声が不自然に止まり、なんだろうと私が視線を上げた途端、目から涙がこぼれた。頬だけではなく石畳まで落ちていった。

 とっさに顔を背けたがどうにもならない。

「すみません。なんでもないです、これは……」

「ごめん、怖かったよね。本当にありがとう」

 後退りしようにも、すぐ後ろはベンチと壁だ。

 私は彼女に抱きしめられていた。デパコス売場みたいなうっとりする香りがした。

「必ず御礼をさせて。これじゃ、とても私の気が済まないわ」

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