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(げっ、この声は…)
視線を上げた先には、口角を吊り上げ勝ち気に微笑む女子生徒。
氷色の髪に蒼い瞳。悪役令嬢のマチルダだ。
「随分と沈んだ顔ね~?ルカス様の婚約者候補ともあろう御方が。」
扇子で仰ぎながら、優雅に闊歩してくる。絵にかいたような悪役令嬢。
彼女が卒業時まで学園に残っているという事実に、嫌が汗が流れた。
攻略サイトを読んでいるプレイヤーなら、必ず彼女を退学させている。なぜなら、彼女もバッドエンドの理由の一つなのだ。
「まあ、そうやって胸を張って歩けるのも今日までよ。」
「…どういうことですか?」
「うふふ、明日のプロム、楽しみね?あなたのために、最高のサプライズを用意しておくわ!」
マチルダが放った意味深な言葉に、嫌な予感がした。
私は急いで自分の馬車に乗り込み、帰宅する。
使用人(であろう人たち)や両親(だと思われる夫妻)の「お帰り、明日はいよいよプロムだね」という声掛けも程々に受け流し、自室に転がり込むように入り、机の引き出しを片っ端から漁った。
(確か、このあたりに…、あった!)
探し当てた赤い表紙の分厚い日記を取り出す。『マジ青春』はヒロインの日記がセーブポイントになっている。それなら、これまでの日記が残っているはずだ。
「ええっと、1年の春、ルカスと魔法競技会でペアに…ここでルカスルート確定ね。」
予想通り、学園に入学してからの日々が日記として残っており、ヒロイン・サラがどんな選択をしてきたかが記されていた。
「1年の終わり、花祭りでルカスと回って、このブレスを貰うのよね。これ、追加データ購入特典としてついてきて、大事にしてたなあ…。」
今は自分の左手首に光っているこのブレスレットを、2年前ルカスがくれたなんて。
体験したかった…。過去の自分に嫉妬すら覚える。
「それで、2年の冬…。マチルダと試験勉強して、ああ、ここが彼女を退学させられるポイントだったのに…!サラったらまんまとマチルダの策にハマって…!ああもう詰んだ!投獄打ち首エンド確定じゃない!!」
思わず、机をバンっと両手で叩き頭を抱える。
(せっかく!せっかく大好きなマジ青春の世界に転生できたっていうのに打ち首エンドなの!?ていうかゲームでは残酷すぎるから打ち首の描写の前に黒塗りで『BAD END』って出てきたからリセットしたけど、この世界だと私本当に首切られるの!?)
あまりの惨たらしい現実に、絶望のため息しか出ない。
マチルダは周到に計画していた。図書館で一緒に勉強する傍ら、私の学生証を使って”闇の魔術の禁書”の貸し出し履歴を残していたのだ。また、私へのプレゼントだと言って、呪いの魔術道具セットを贈ってきている。プロムの日まで開けないように魔法をかけて。
確かこの引き出しの奥に…。ほら、あった。この中にはヒトの骨や、魔物の血液で描かれた呪いの魔法陣など禍々しいものが一式入っているはずだ。
こういった証拠を元に、私は明日のプロムで『闇の魔術で王族を呪い殺そうとしている』と告発されて、長い拷問の末、打ち首となるのだ。
ルカスの「君を信じた俺がバカだった…」という最後の言葉が忘れられない。
これから自分の身に振りかかるであろう恐ろしい仕打ちを想像してしまい、ブルっと体が震える。
ここは画面越しの世界ではない。私は実際にこの世界で生きていて、痛みも感じる。
(それなのに、そんな…!!)
絶望のあまり、涙が出た。
手で口を押えても、こぼれ出る嗚咽は覆いきれない。
いわれもない罪で裁かれる。きっと先ほど顔を合わせた人の好さそうな両親も投獄され酷い目にあうだろう。使用人たちも全員路頭に迷う。ルカスは信じていた婚約者に裏切られ、心に傷を負うはずだ。
(そんな、そんな…!)
これまでのサラに罪はない。でも、王太子妃になる人間が人の悪意に気が付かず、広い視野をもって観察して対応してこなかった結果がこれなのだろう。
行き場のない思いを晴らすように、日記の空白の部分を引きちぎる。明日以降はもうこの部屋に帰ることは叶わない。残されたページが綴られることはもう二度とない。
自分にはもう明るい未来がないことを痛感し、憎々しい日記を睨みつける。
「…こんなもの…っ!!」
やけくそだった。
せっかく来れた大好きな世界で待ち受けていたのが残酷なエンドだったから。
もう、どうにでもなってしまえばと思ったのだ。
”燃えてしまえ!”と願った。
今までの呑気な過去ごと、消え去ってしまえと。
すると、どういうことか。
自分の手のひらから轟々とした炎が巻き起こり、赤い日記を朱の炎が包んだ。
あっと驚いたのも束の間、揺らめく炎が白く光りだし、瞬く間に光が広がっていく。
気が付けば視界全てが白く光り、あまりの眩しさに目を開けていられなくなった。
ギュッと目を閉じ、白い閃光に耐える。
じきに光が落ち着き、おずおずと目を開けた時。
私は目を疑った。
先ほどまで自分の部屋にいたはずなのに、目の前に広がる景色が全く違ったからだ。
マジック学園の校門。大勢の生徒たちの胸には新入生の証となる白い薔薇のコサージュ。期待に満ち溢れた笑顔と真新しい制服、ローブ。
校門の前には看板が立てられていた。
「にゅう、がくしき…?」
ハッとして自分の身なりを見下ろすと、私の胸にも白い薔薇。
(…もしかして…)
高鳴る胸を落ち着かせるように抑え、荒い息を整える。
思い出したのは、前世何度も挑戦したルカスルート。何度プレイしてもバッドエンドでもう何回リセットしたかは数えきれない。
―――リセット…まさか…!
乱れる思考の中で、私は確信した。
ゲームスタートの入学式まで、戻ってこられたことを。




