静けさ
―上層。
ティミーとレジィはらせん状の道を登り切り、広い空間へ到着した。
「はぁ。はぁ。」
ティミーは両手を膝に置き、肩で息をしている。レジィは腰に掛けていた求光灯を左手に持ち替え、辺りを照らした。きょろきょろと辺りを見回すが求光灯が照らす範囲では何も見当たらない。
上層には広々とした空間が広がっているだけのようだった。
「ここが…上層?」
「何もない所だな。」
一息ついた後、ティミーも腰に掛けていた求光灯で足元を注意深く観察する。レジィは、照らされた地面を踏みぬくように前へ前へと進んでいく。
「ちょっと、レジィ!」
レジィの背中がどんどん遠くなっていく。ティミーは不安に駆られ、急いでレジィの後ろを追いかける。
「ま、まって!」
レジィになんとか追いつくことができたティミー。レジィが立ち止まって前を見つめている。
「なぁ。ティミー。これ、見てみろよ!」
レジィが求光灯の光度を上げ、足元を照らす。そこには赤黒い血で汚れた地面と、かつて隊員だったであろう者たちの肉塊が散らばっていた。
「なに…これ。」
レジィが足元にあった肉塊を拾い上げて求光灯を近づける。隊員の腕のようだ。鋭利な刃物で直線に切り裂かれたかのように綺麗な断面が見える。
「すげぇな。ばっさりイかれちまってる!」
周囲に残された血痕も切り裂かれた勢いで地面に打ち付けられたように広がっている。上層の壁際に向かって進んでいるようにも見える。
「原生生物ってこんなこともできるんだな!」
ティミーは近くを転がっていた死体を確認する。頭から股下に掛けて真っ二つに切り裂かれた死体だ。周囲にはバッグから溢れ出た物資や弾薬が転がっていた。
自動小銃は中央から切り裂かれており、弾倉も縦に割られていた。そこに装填されていた弾薬ももれなく切り裂かれ、弾薬から漏れ出た火薬で地面に小さな山ができていた。
「こんなことできる原生生物なんて知らないよ。自動小銃もバッグも、ついでに物資も真っ二つになってるし…。」
「…あ!」
周囲の死体を漁っていたレジィが声を上げる。
「ティミー!これ、隊長章だ!ほら!」
レジィがティミーに駆け寄ってきて声をかける。レジィの手には髑髏の刺繍が入った腕章が握られていた。
「これって、機動隊隊長の隊長章?」
「んーたぶん、そうだな。」
「と、とりあえず物資を集めよう。…それと、隊長の頭取ってこないと!」
「あーそうだった…結構面倒だよなぁ。重いし、使い物にならないし。」
「ほら、レジィ!持ってきてバッグに入れておいてよ!僕は物資集めてくるから!」
レジィはちらりとティミーを見た後、諦めたような表情をしながらふらふらと隊長章を付けていた死体へ向かっていった。
ティミーは、周辺に散らばった物資を集める。鋭い何かで切り裂かれた携帯食料に隊員の血が付着し、乾いている。
食欲は全くそそられない。
「それ…食えないかな?」
隊長の頭をバッグに無理やり詰め込みながら、レジィがこちらに歩いてくる。
「やめときなよ、レジィ。」
携帯食料を捨てながら、ティミーが答える。
「ちょっと前、基地が原生生物に襲撃されて、食料が全部ダメになった時あったよね?」
「んー、そういえばそんなこともあったな。」
「その時、誰かが死んだ仲間を食べたんだって。」
「…へ、へぇ。」
空返事をするレジィ。バッグのストラップを握る手に力がこもる。
「そしたら…」
物資を集めていた手を止めて、ティミーがレジィに向き直る。
「体中が変形して死んじゃったんだって!呪いだって、みんな言ってたけど…。」
「…。」
レジィが固まる。その様子を見てティミーが少し慌てたように答えた。
「あ、だからね!あんまり仲間の血とか肉とか食べない方がいいよってこと…ごめんね。」
「怖い話はしないで…。」
泣きそうな顔のレジィに近づき、慰める。ティミーはレジィの肩に手をポンと置き、内から湧き上がる感情を抑えつつ、レジィを落ち着かせる。
「あ、頭もってきてくれて、ありがとね!じゃ、ここらへん最後に見回って、帰ろっか。」
「…うん。」
口角が上がるのを必死に抑え、背筋をなぞられるようなゾクゾクとする感覚に愉悦を覚える。相棒にも言えないティミーの秘密。