遊撃隊の生き残り
―3日目
下層へ到着した。
地面はぬかるんでおり、足を踏み込み度に足に柔らかい感触が伝わる。求光灯が照らす先には赤黒く変色した肉塊がゴロゴロと転がっており、進むたびに水分を含んだ生々しい音が空間に響く。下層を進んですぐのところには、空の薬莢や食料を包装していた紙などが散乱しており、遊撃隊がここにいたことを示している。
その周辺には原生生物の死骸が山積みされていた。
周囲を警戒しつつ、カアラが横目で死骸の山を見る。
「ここで遊撃隊は全滅したのか?」
レイドは前方に武器を構えつつ、答える。
「いや、違うだろうな。遊撃隊はここで原生生物と一戦交えたようだが、死骸の山からみて、それほど苦戦はしていなかったように思える。」
銃口の先には、暗闇と肉塊が広がっている。
その時、暗闇の中で仄かに緑色の光が揺れたように見える。求光灯の反射の可能性を考えつつも、全神経を前方へ向ける。
「…前方注意。」
「…了解。」
カアラは後方を警戒しつつ、レイドのすぐ後ろにまで移動した。下層の入口までの距離と足場の状態を考慮し、たどり着くまでの時間を計算する。最悪の場合、特異隊の力を使うことも視野に入れ、レイドと共に光の発生源へ近づいていく。
「…止まれ。」
ピタリと二人の足が止まる。
求光灯で目の前を照らした。そこには、左胸から右腰にかけて大きく裂けた隊員の姿が現れた。周囲には内蔵のような肉の塊と原生生物の遺骸が混ざり合い、元が何だったのか想像するのが難しい程だった。見るも無残な姿だったが、横たわる隊員からは、自分自身の下半身が見えないようで、こちらの姿を確認すると右手を挙げた。右腕に付けられた刺繍の柄は左半分が頭蓋骨、右半分が原生生物の顔が縫われていた。
間違いない。遊撃隊の隊長章だ。
カアラはレイドの方に目を向け、隊員の姿を一目見ると息をのんだ。
荒々しい息遣いのまま、消え入りそうな声が聞こえる。
「あぁ。だれか、だれか…いるのか?」
「…。」
「ネイドを…ネイドを打ってくれ…早く。」
レイドは、求光灯の明かりを下げ、ほのかに隊員の顔が見える程度に明かりを調整した。その後、腰にぶら下げていた布に包まれた棒状のものを取り出した。
布をほどくと中から注射器が出てきた。注射器の中には、澄んだ紫紺の液体が入っている。
横たわる隊員の息遣いを再度確認する。
「…おい。」
カアラが後方を警戒しつつレイドに話しかける。少し震えた声色から、動揺が伺える。
「遊撃隊隊長…失礼します。」
注射器の押子に親指をひっかけ、勢いよく隊員の首元に突き刺した。親指を押し込み、注射器の中が隊員の首から注入されていく。
「う、ぁあ。っは、はぁ…」
ネイドの効果により、隊長の呼吸が整う。
「…すー、ふぅ。よくやった。お前所属は?」
横たわりつつも顔だけを少しこちらに向けて、隊長がレイドに話しかけた。
レイドは落ち着いて答える。
「機動隊コード...08です。」
「ほう、新米兵であったか。よく下層までたどり着いたな。道中は…ワシらが蛆虫どもを蹴散らしてやったから安全だったか。それで、お前の任務内容は?」
「情報伝達隊の情報を元に、新種の原生生物を捕獲するため参りました。遊撃隊隊長、一体何が起きたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、その前にワシを起こせ。」
「…下半身の出血がひどいようです。止血をいたします。」
レイドは自身が羽織っているコートをナイフを使って切り裂き、簡易的な包帯を作った。隊長の下半身、といえるのか疑問の部位を持ち上げ、コート製の包帯で巻き上げる。
「おっとっと。もっと優しくしろ。血が減ってしまうではないか。」
隊長の上半身を抱え上げ、包帯を上半身で固定する。包帯で巻いた部位はあたかもただ下半身が欠損しているように見える。抱え上げられた際、後方で警戒を続けているカアラが目に入り隊長が答える。
「二人いたのか。そこのお前、所属はどこだ?」
「はっ、特異隊コード10です。」
「なぜ特異隊が下層任務に就いている?それも新米兵なんかと。本来であればノイリック前哨基地に配属される決まりだろうに。ははっ。さてはお前、無能な半覚醒―」
言葉を遮るようにレイドが答える。
「隊長、コード10は特異隊になって日が浅く、能力をうまく扱えない状態です。今回は能力と活用法を学ぶ目的で機動隊任務に同行させていただいております。」
「そうか、せいぜい下層で死なぬようにな。ノイリック前哨基地では特異隊を死なせてしまうような無能な上司と一緒にならないように祈っておけ。ははは。」
「止血が終わりました。それで、一体何があったのでしょうか?」
「まぁ、そう急くな。ワシらは下層でさらに奥へ続く道を発見した。お前たちにはそこへ行ってもらう。ほら、何をしている。ワシを運ぶんだ。そうだな。そこの半覚醒。そうだ。お前だ。ワシを運べ。」
カアラは一瞬眉をひそめた。求光灯の暗さが上手く表情を見せなかったが、隊長の元へ歩くカアラの姿から嫌悪感が漏れているのを感じる。
「…失礼します…くっ。」
上半身だけだとしても鍛えられた大人の上半身だ。女性にとってはかなりの重さになる。これでは咄嗟に行動することも難しい。いつ戦闘が始まってもおかしくない環境下で状況を悪化させるのは、どこの隊の隊長であっても同じである。
「なんだ、もう少し肉をつけろ。まったく乗り心地が悪い。鍛えてばかりでは男と変わらんではないか。」
「…っ!!」
カアラが歯を食いしばる。それは重さのせいなのか、隊長が触れる右手のせいかは定かではない。レイドはそのやり取りを把握しながらも、周囲への警戒を続ける。
下層の奥へ歩を進めるたびにぬかるんだ足元が体力を奪う。いくら体力がある特異隊だとしてもまともに休息の取れないこの3日間で疲労はたまるばかり。それどころか隊長の上半身を抱えて極度の緊張の中、下層をすすむカアラの精神的ストレスは相当のものだろう。
実際の所、隊長を見つけなければ下層から引き上げることも可能だった。もちろん罰として基地内の備品や食料確保のための遠征に駆り出されるが、今の環境に比べればなんてことはない。むしろ今回はイレギュラーが過ぎる。攻撃力に長けた遊撃隊のしかも隊長がこのような状況だ。今の状態では、太刀打ちすらできずに原生生物の餌になることは避けられない。
さらに最悪なことに、情報伝達隊と各隊の隊長には音声・記憶記録装置が身体に埋め込まれている。ここで見捨ててしまっては、ここでの行動すべてが基地へ送信され、後々面倒なことになる。情報伝達隊と各隊の隊長は、死亡時に各構造物に設置されている記録媒体に記憶が送信され、その直前までの行動がすべて保存されてしまうのだ。
「隊長、発見した道は以前の先行機動隊が発見した道とは別の道ということでしょうか?」
「そうに決まっておるだろう。この構造物の下層からさらに下層へとつながっているようだ。そこで発見したのが情報伝達隊に伝えさせた新種の蛆虫だ。」
ぬかるんだ道を進む。2時間ほど進むと、前に大きな穴が現れた。穴の淵から覗き込む先は、真っ暗だ。穴の周りは構造物の壁に囲まれており、穴と壁の間には数多くの隊員らしき遺体が無残に散らばっていた。多くの場合裸で四肢が欠損しており、何か奇妙なにおいも漂う。その奥、構造物の壁にはコートで編まれた一本のロープが括り付けられており、その先は地下に伸びていた。
「これだ。この穴だ。なぁに、心配することはない。勇敢な遊撃隊が数十名探索に出かけたが二人も戻ってきたからな。お前たちでも十分探索できるはずだ。」
「その二人は今はどこにいるのでしょうか?」
「足元にいるだろう。全く何を見ているんだ。警戒を怠るとは、お前は降格処分とする。せっかくワシを助けたのに、評価としてはまずまずだな。この半覚醒の方がまだ役に立つ。なぁ…おい返事をせんか!?」
「…その通りです。」
「そうだろう。全く戦うこともできない新米兵と一緒にいては大変だな、半覚醒よ。はっはっは。」
「…隊長、ここから先へは進むべきか判断しかねます。現在私とコード10の二人だけでは隊長をお守りすることは難しいかと。ここは一度引き返し、体勢を整えてから―」
「貴様、上官の命令が聞けんのか?さてはワシが基地でストックを付け替える間に手柄を横取りする算段を立てておるな?気に入らんな。半覚醒よ貴様もそう思うだろう?」
「…はぁ。はぁ。」
カアラはぬかるんだ足元と背中に背負った隊長によって体力をみるみる奪われていた。今は何とか踏ん張ってはいるが、この状況で原生生物が襲ってきては対処は難しい。
「なんじゃ、この程度で息切れとは情けない。ほれ、もっと腰に力を入れんか。」
「…っ!!」
隊長は右手で器用にカアラの臀部を叩きつける。叩きつけられたカアラは、歯を食いしばり、額から汗を流しながら耐え忍ぶ。
「新米兵、貴様もそこに転がっている隊員のようになりたくなければ早く先に行け。新種の蛆虫を捕まえるのだろう?」
「…この隊員たちは遊撃隊隊員なのでしょうか?」
レイドは穴の傍で無造作に散らばっている隊員を横目に質問した。レイドの声色に妙な落ち着きがある。
「べらべらと口だけは達者な奴だな。こいつらは穴から出てきた原生生物と戦って無様にも死んだ役立たずどもだ。下に降りるための道具も何もなかったからな。こいつらのコートを再利用させてもらったまで。役立たずが役に立てたんだ。かれらもきっと誇らしいことだろう。」
誇らしげに隊長が話す。穴を見つめるレイドは片耳でその演説を聞いていた。カアラは黙って両足に力を入れている。
隊長の演説はとどまることを知らないようで、より得意げに話しを続けた。
「それと―」
隊長の口角が引きあがり、にやりとゆがんだ笑顔を見せる。
「隊員たちの鬱積のはけ口にでも利用させてもらったがな。ワシは死体になんか興味はないが、なかなか面白い見世物だったな。中には死体を切り刻んでその中に―」
「遊撃隊隊長!!」
隊長を抱えているカアラが叫ぶ。
「現状では遊撃隊隊長を連れて地下へ降りることは難しいかと。隊長の安全を確保すべく私がこの穴付近で警戒を続けます。隊員たちの遺体から弾薬や食料し、撤退の準備を整えておくことが妙案であると申し上げます。その間コード08が穴へ入り、新種の原生生物の調査へ向かうのはどうでしょうか?これであれば、穴の探索を続けられ、隊長の安全も確保できます。」
「ほう。新米兵よりも無能な半覚醒の方がよく切れる頭を持っているようだな。よかろう。ワシらはここで待機しておる。貴様は穴の調査をしてこい。早く行け!」
「承知しました。…コード10、上官命令だ。決して死ぬなよ。」
「何を言うか。先に死ぬのは貴様だろうて。」
「コード10、了解。」
レイドは自身の装備を確認し、穴の先へ続くロープを掴んだ。レイドが下へ降りるたびにロープから軋む音が聞こえる。少しして、暗い穴の中にレイドの姿が消えていった。
その様子を見終えた隊長が、カアラの背中から声をかける。
「ほれ、さっさと物資を集めんか―」
「隊長、物資を集める際、後方の警戒がおろそかになってします。優秀か隊長様であれば、その慧眼を駆使し、後方の警戒をお願い申し上げます。」
「何を言っておる!負傷したこのワシを―」
「遺体は穴の近くにあり、地面はぬかるんでおります。これでは誤って穴に落ちる可能性があります。それに隊長の視野が狭くなってしまい、背後から原生生物が接近した場合、気づくのに遅れてしまします。隊長の慧眼あってこその別行動なのです。」
「う…そうであったな。ワシは後方を見ておく。半覚醒は物資をあるだけ集めてもってこい!」
「承知しました。」
カアラは穴に投げ入れたい衝動を必死に隠しながら隊長を背中からおろした。
「おい!半覚醒!こんなところにおろすな!蛆虫どもに囲まれるなど屈辱だ!」
「いえ、これが最も安全なのです。原生生物は極度の飢え以外で同種を食い殺すことはめったにありません。それに、隊長の姿勢を維持するためにも土台はしっかりとした固さが必要です。それでは、私は物資回収を行います。」
カアラが隊長を原生生物の死骸の山におろしたのは、あくまで隊長の姿勢を固定するため。
他意はない。