不穏な影
轟々と鳴る猛吹雪の中、腰の高さほど積もった雪を強引に押しのけながら進む二つの小さな影。
そのすぐ目の前、ほんの数cmの距離に、山と見紛うほどに大きな影が落ちてきた。
「おい!なんなんだこれは!!」
「――!!」
ゴオオオォォ!!
地鳴りのような音が大地を震わす。
「ちくしょう!一体何がおきてるんだ!?」
「知るわけないだろ!」
岩石のような岩肌に、亀裂が入り、巨大な丸い宝石のような球体が現れる。その球体は前後左右にきょろきょろと過剰に動き回っていた。
「おい!あの渓谷に戻れ!」
「あれはどうするんだ!」
「とにかく走れ!まずは生き残ることが先決だ!!」
「――っ!」
すぐさま、踵を返して抜け出してきた渓谷へ向かう。大雪に足を取られようが雪を掻き分けながら全力で引き返す二人。その後方ではけたたましい咆哮が爆音のように鳴り響き、地鳴りと共に迫ってくる。
――新星歴250年 アルケ寒冷地
一面真っ白な景色が広がる平地。猛烈な吹雪が吹き荒れる中、隊列を組み、移動する集団が見える。分厚い茶色のコートと、黒い長靴を履き、自動小銃を背負っている。よく見ると、それぞれの着衣は所々継ぎ接ぎにより構成されている。一人として同じ服を着ている者は見当たらない。しばらく歩き続けていると、パタリと、列のうちの一人が倒れる。その列は歩みを止める気配は全くない。また、一人が倒れた。誰も気にも留めない。留める様子もない。
また、さらに進むと、前方に巨大な円錐状の構造物が現れた。中へ入ると吹雪は遮られるようで、各々が荷物を下ろす。後方にいる二人は周囲への警戒を続けている。
隊列の戦闘を歩いていた人物が隊列に向かって、大声で叫んだ。
「ここからは別行動となる。機動隊10~19番台は中層へ。20~25番台は俺と上層へ移動する。残りは下層へ移動し、同行している特異隊は、機動隊と共に下層にて報告されている原生生物の調査・捕獲をしてこい。研究部のやつらは生け捕りを所望しているが、死骸でもかまわない。そして、新米兵に限っては、各階層で生き残った者が今回の機動隊合格者となる。以上。」
「おいおい。お前の相棒途中で死んだぞ。」
「俺一人だと死ぬだろうな。ははっ。」
「俺なんか右腕凍結しちまってるぜ!」
「うわ、お前カチコチじゃねぇか!わはは。」
「おい、触るなよ―。あ、割れちまったじゃねぇか。最悪だ。」
あちこちで隊員同士の声が聞こえる。まるで遠足を楽しんでいる子供のようなそんな雰囲気が溢れている。少しして、後方にいた二人は荷物を下ろし、残存物資の確認と整理を行う。求光灯に燃料を入れ、自動小銃に装填されている残弾を確認後、再び荷物を背負う。その傍ら、隊員の一人が自分たちが歩いてきた道を振り返り、見つめていた。
「…」
「カアラ。俺は先に下層に行くぞ。こいつらに巻き込まれて死ぬのは勘弁だ。」
黒髪の男性が話す。背格好は他の隊員と同じだが、腰回りには特製の閃光手榴弾を3つと布に包まれた棒状のものが2本、そして片手ナイフがぶら下がっていた。男性は周囲を警戒しつつ、下層へ降りるためのらせん状の道へ向かう。
「…分かった。」
カアラと呼ばれた女性がその声に応える。銀髪の女性で、右腰には長身の刀が携えており、左腰には注射器が2本ぶら下がっている。銀髪の女性も自分の荷物をまとめ、男性について行く。まだ、浮かない顔をしているようだ。
「今回の任務は、先行機動隊の情報伝達隊が持ち帰った情報が頼りになっている。それによると、通常の原生生物とは異なる新種の原生生物を目視で確認。情報伝達隊隊員を基地へ送り、先行機動隊の遊撃隊は引き続き下層探索を続けているとのことだ。俺たちの任務は新種の原生生物の調査と捕獲だから中層、上層と比較しても危険度はかなり高い。新種であれば従来の原生生物のデータは参考にならないし、実物と対面してからの対応力が求められるからだ。そんな中あんな奴らと一緒に居れば巻き添えを食らう。それが捕獲の助けになればいいが、少なくとも他人の死や自身の状態の深刻さに気付けないやつらの頭は信用できない。」
「…。」
男性は鋭い眼光をカアラに向ける。
「余計な考え事はするな。生き残りたければ、今、この時に集中しろ。死ぬぞ。」
「…そうだなレイド。君の言う通りだな。」
―1日後。
カアラとレイドは道を進んでいた。丸一日歩いても中心から見える下層の様子は同じだ。レイドは周辺に落ちている比較的綺麗な原生生物の死骸へ近づいた。傍に求光灯を置き、原生生物の脚を切り取った後、燃料を含ませた布で脚の先を包む。手製の松明が完成した。松明を中心から下層へ向かって落としてみるが、松明は闇に消えていった。レイドはしばらく考えた後、原生生物の死骸を注意深く観察する。脚や腕、胴体をナイフで切り裂き、中を調べてみたが、中には何も残っていなかった。
その間、カアラは周辺の警戒をしつつも、中心へ落ちていった松明の行方を見ていた。まだ先は長い事を改めて認識したカアラは肩を少し落とした。
「おいレイド、何をやってるんだ?」
「原生生物の死骸を調べていた。ちょっと気になることがあってな。」
「気になること?」
「原生生物の胃袋が空っぽなんだ。あの空腹になると同種であろうと食い殺し合う原生生物がだ。ここで何が起こったのかはよく分からないが、周囲の警戒は怠るなよ。」
―2日後。
レイドは手製の松明を再度作成し、下層の中心に向かって落とす。1日目と変わらず、松明は周囲を一瞬照らして、暗闇に吸い込まれていった。レイドはその様子を確認した後、道の傍に積み重なっている原生生物の死骸を漁り始めた。1日目に見た原生生物の死骸よりも少し古い死骸のようだ。ところどころ、崩れてきていた。周囲には弾痕や切傷など戦闘の跡も見られる。どうやら、先行機動隊がここで原生生物と一戦交えたようだ。原生生物の胴体を切り開くと、半分溶けかかったような物体がドロリとあふれ出した。隊員だった何かのように見える。一通り原生生物の死骸を調べ終わった後、カアラに向き直る。
「カアラ。下層に到着しても、長居はしない。新種確認後、直ぐに撤退する準備をしておけ。」
「どういうことだ?周辺の原生生物は討伐済みで、下層にも遊撃隊が進んでいるし、これまでの任務に比べればこれほど楽なものは無いと思うんだが。」
「…1日目まで道のりで原生生物の死骸を何度も見たが、どれも弾痕や爆発痕は無かった。俺たちの装備は基本的には手榴弾か自動小銃、そしてお前のような特異隊員が持つ武器くらいしか配給されていないのは知っているだろ?」
「その配給された武器も、お守り程度の豆鉄砲ってことも十分理解してる。だからレイドは装備品の改造やらをして対抗できる手段を増やしてってことも。」
「生存確率を少しでも上げるためだ。先行機動隊の遊撃隊には、特異隊員が居ないから自動小銃か手榴弾しか攻撃手段を持たないことになる。原生生物と戦えばもちろんその痕跡が残るはずだが、その痕跡が1日目までの道のりで確認できなかった。つまり、これらの死骸は遊撃隊との戦闘で死んだわけではない。」
「じゃあ何が原因で原生生物は死んだんだ?」
「おそらく、餓死だろう。1日目に調べた原生生物の胴体には何も残っていなかったからな。」
「遊撃隊が殲滅しきれなかった原生生物が地上へ向かったってことか。」
「さて、どうなんだろうな。2日目までの道のりで遊撃隊と原生生物が交戦した跡を確認しすることはできた。ただし、この痕跡は1日目で見た原生生物の死骸よりも古いものだった。ってことは、1日目に見た死骸は遊撃隊が向かったいたはずの下層から地上へ逃げてきたということだ。遊撃隊がミスを犯したにせよ、原生生物が地上へ向かっている以上、下層でこいつらをやり過ごしている生き残りがいるとは到底思えない。」
「だとすれば…。」
「遊撃隊は全滅しているだろうな。それに、原生生物が生存のために一目散に逃げるなんてことは聞いたことが無い。もしこれが本当なら、奴らが恐れる何かが下層に潜んでいる可能性も考えられるということだ。少なくとも俺たち二人では手も足も出ずに殺されるだろう。危険を察知したら即撤退できるようにはしておけ。」
「…すぐ動けるように準備をしておく。」