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 ギデオンさんに連れて行かされたのは、公爵さまのお城の中。

 お城の玄関の扉が左右に開かれると、そこで待っていたのは、セバスさんとネッテさん。

「マリーさま。お久しぶりでございます」

 と、二人は丁寧にお辞儀をした。

「あ、どうも」

 間抜けた返事をした私をみんなは見なかったふりをして、中へ進んでいく。

 セバスさんが先導し、兵士が両脇に立つ扉の前に立って、ノックする。すると、「入れ」と男性の声がした。

 兵士たちの手で、扉が左右に開かれる。

 そこはきらびやかな部屋だった。ベルサイユ宮殿の一室のような。

 飾り彫りが施された椅子に、三人の男性と二人の女性が座っていた。みんなロココ調のきらきら衣装だったけれど、あの時代みたいなカツラはかぶっていなかった。

 暖炉を背にした中央に、道端で出会ったおじいさんがいて、その右手に熟年の男女、左手のほうに三十代の男女がいる。

「まあ、バード。顔を見せるのは久しぶりね」

 熟年女性が言った。

「仕事が忙しかったので。父上、母上もご健勝のご様子で何よりです」

 と、ギルさんは右手を胸に当てて、一礼した。

 熟年男女はギルさんのご両親かな? ということは……。

「マリーさん、だましてワイナリーに連れて行ったことを、まずは謝罪したい。わしはこのライアル公国の先代公爵、フイリップ・アントン・フエル・ライアルじゃ。わしの右側にいるのが、現公爵の長男夫婦。左側が孫で公爵の後継であり、ギルバードの一番上の兄とその妻である」

 おじいさんが告げた。

 そうよね、この場面からいったら、そうなるわよ。おじいさんがこの国の先代さまなら、ギルさんは公子さま?

 はた、と私はギルさんのほうへ顔を向けた。

「ごめん。おいおい説明していくつもりだったんだけど、妙なほうに事態がいってしまって」

 ギルさんが苦笑している。

「ということは、最初っから、私の素性は全部知っていたということ?」

「うん、公国の国民、全員。でも、知らないふりして普通に接してほしいって、おじいさまがお触れを出していた。みんな協力的だったよ」

 みーんな? ブドウ畑で働いていた人たちもワイナリーの職人さんも騎士の人も? 当然、親方やヨハンナさんも。

 くらあ、と目が回った。それでも、踏みとどまり、おじいさんに――先代公爵さまに目を向けた。

「ご説明を願います!」

 やってらんねえよ。国まるごとで私をだましていたんだよ? 気づかない私もどうかと思うけどさ。

「まっとうな要求じゃ。椅子をもて」

 先代さまの言葉で、さっと豪華な布張りの椅子が二脚持ってこられ、私とギルさんは、先代さまたちと向かい合うように座った。

 元夫(仮)とメリーアンは私の横でひざまずいた。ふかふかの絨毯の上だったから、足は痛くならないみたいだけど、この差は何?

「聖女は王族に準ずる」

「私は聖女じゃありません」

 先代さまの言葉に、私はすぐに反論した。

「ラーデン王国では、そのように判断して、そなたを粗雑に扱った。これは、してはならぬことだ。異世界からの来訪者は、等しく丁重に扱わねばならぬ。これは、帝国でわしが教わったことだ。聖女や勇者でなくとも、異世界からの知識をもたらす者であるからな。わしも、そうだった。そなたと同様、勇者の付属として召喚された者だからだ」

「おじいさんも?」

 思いがけないことを聞いて、私はつい叫んだ。でも、この無作法を、誰も咎めなかった。

「さよう。帝国では当時、北方から魔族の侵攻に悩まされており、その中心となっている魔王を討伐するために、勇者となるべき若者を異世界から呼んだ。その大学生と一緒にこの世界にやってきたのが、しがない銀行員だったわしなのだ」

「あー、だから、こっちの世界で銀行を設立したわけね」

「まあそうなんだが、話をはしょるでない」

 だって、お年寄りの話は、校長先生の朝礼並みに長いじゃない?

 というわけで、おじいさんの語るところによると、帝国で召喚された二人の若者は、一人は勇者として仲間と共に旅立ち、魔王を退治して第一皇女と結婚して、めでたしめでたし。残った一人は変わり者の第五皇女に見初められ、公爵という地位とこの土地を皇帝からもらったそうだ。

 変わり者の皇女さまっていうのは、小さい頃読んだ絵本に出てきた海賊に憧れ、刺繍やダンスよりも剣と護身術に熱中する人で、政略にも使えないし、降嫁するにも受け入れ先がなく、かといって修道院に送ろうにも、脱走するに決まっているからできない、と皇帝一家が困っているときに、召喚されたフィリップさんと意気投合し、婿ができたと喜んだ皇帝から、良港のあるこの土地をもらって、独立したのだと。

「妻は今も船団を率いて海の上におり、かいぞ……でなく、海運業にたずさわっておる」

 海賊って言おうとしたよね。ギルさん、元気なおばあちゃんがいるんだなあ。

 先代さまの話はまだ続く。

 爵位と土地をもらったのは良かったものの、土地は狭くてやせていた。皇女さまは仲間と共に海に出て、交易もしくは海賊をしてなんとか自分たち家族と家臣たちの食い扶持を稼ぎ、先代さまはライアル公国の土地に合う作物を探しつつ、皇女さまの持参金を元手に帝国で金融業を始めた。

 二人の間に子供が六人生まれ、成長した五人の息子が五つの国で銀行を設立してネットワークが作られ、そのころにはライアルの土地に合った麦が作付けされ、国民が飢えることなく暮らせるようになった。

「娘は一人だったから、わしと妻は遠くへ嫁にやることをしたくなかった。そんなとき、隣国のラーデンから縁談があり、いろいろ調査したところ、悪い相手でもなかったし、娘もいいと言ったので、嫁がせたのだ」

 それが今では、ラーデン王国の皇太后さまとなっていて、あのキラキラ王子の祖母なのだとか。

「ひ孫が下賜したあの屋敷は、わしのラーデンでの滞在する宿での。いずれ娘に譲ると口約束しただけで、使用人もそのままにしておったのだが、どこでどう勘違いしたのか、ひ孫のベルファンが自分の物だと思って、勝手をしたようだ。今回のことで、あやつは、祖母であるわしの娘に、こってりと絞られたみたいだがの」

 ということは、隣国では私が逃げたことは承知していて、追っ手もかけていないということ?

「ベルファンからの通達を聞いた屋敷の責任者・セバスは首をかしげ、そのあと、やってきたそなたたち三人の様子を見て、そこのベルナールという近衛騎士に問いただしたら、聖女として召喚した者と一緒に来た女性を与えられたと言う。そして、相談の結果、逃げるのだと。セバスからの報告を聞いたわしは、マリーさん、そなたの計画にこちらも加わることにした。主夫妻の逃亡と共に、わしも使用人たちを引き上げ、屋敷を正式に娘へ譲り渡したのだ。ラーデン王国が聖女と一緒に来た異世界人を『いらない』というのなら、うちに来てもらっても、いいじゃろう?」

 ま、そうなんだけど。

「結局、私は初めから、あんたにだまされていたわけね」

 と、私は元夫(仮)に顔を向けた。

「いや、だって。僕に隠し事なんて出来ないし。実際、セバスさんにはすぐに分かったみたいだ。君とは『白い結婚』だって。問い詰められたら、君の計画を話すしかないじゃないか。あとはいいようにしてくれるって請け合ってくれたら、ほっとしたんだ。でも、君に気取られないか、ひやひやした」

「……脳筋にだまされた私も、バカだったっていうことね」

 私は自嘲の笑みを浮かべた。

「ちなみに、マリーさん、ライアル公国の住み心地はどうかな? できれば、ここに留まってもらいたいのだが」

 先代さまが言ったそのすぐあと、隣に座っていたギルさんが突然、立ち上がって私の前に回り込み、片膝を突いて腰を落とした。

「マリーさん、『白い結婚』だったって、本当ですか?」

 悩まし気な表情をしたイケメン、眼福!

 と見とれていたら、元夫(仮)が横から口を出す。

「そうですよ。僕には、メリーアンという運命の相手がいるんですから」

「それならば」

 聞いただけでギルさんは顔をこちらに向けたまま、ひどく真面目な表情で告げた。

「僕と結婚を前提に、お付き合いをしてください」

「え?」

 幻聴か?

 私は自分の耳を疑ったけれど、公爵後継であるあにさまが、「そこは、結婚してください、だろ?」と呆れて言うつぶやきは、しっかり拾っていた。

「えーと。私は聖女でもなんでもない、平凡な女ですよ? 年上だし、美人じゃないし」

「マリーさんだから、いいんです。異世界から来た人だと知っていても、あなたが楽しそうに働く姿に惹かれました。僕のほうこそ、政治や経済の才のない、畑仕事しかできない人間ですけど」

「いえ! ギルさんは働く人を気遣える立派な人です」

 と、叫んでから、周囲の生温かい視線に、はっと我に返って真っ赤になった。

 胸に温かいものが広がる。

 私も、ギルさんが好きだ。

「その……こんな私でよければ……」

 私の答えに、ギルさんも赤くなった。

「若いとは、いいのう」

 先代さまが言い、

「娘がまた一人増えるのね」

 と、気の早い公爵夫人がにこにこ。

「緊張しなくても大丈夫よ。ここのおうちは、気さくな人ばかりだから」

 お義姉さま(予定)から、励ましの言葉もいただいた。

「お話が終わったのなら、失礼いたします」

 立ち上がったギルさんが、私の手をとって立たせ、その場をあとにした。

 ふわふわした気分のまま、お城を出ると、ベルナールは持ち場に戻っていく。

 メリーアンに訊くと、二人とも公国の民として登録し、結婚式もささやかながら挙げ、城下に部屋を借りて住んでいるという。

 いつか突撃して、新婚さんを冷やかしてやろう。

 そんなことを考えながら、待ち合わせの時間、午後三時の教会の鐘が鳴ったときに馬車を停めたところへ行った。そこへ姿を現したジャン親方とヨハンナさんが、なぜか、もじもじしている。

「二人で話し合い、結婚することになったので。今日は城下に宿をとるから、二人で帰ってくれ」

 と、親方が言った。

「はい?」

 私は文字通り目がテンになったけど、ギルさんは予想していたようだ。それからの手配が早かった。

 式と手続きがまだ、という二人にうなずくと、近くにいた騎士を呼んで何事か告げる。すると、お城のほうから数人出てきて、二人を連れ去った。

「普通、結婚には手続きのため、最低半年はかかるんだ。重婚の有無や詐欺じゃないか、反対者がいないか、なんてのを調べるためにね。でも、収穫祭の日だけは、それが免除されて、証人が二人いればいいだけだから、このとき結婚する人が多いんだよ」

 と、連れて行かされた城下の教会では、結婚したい人が列を作っていた。その列には、すでに晴れ着を着た親方とウエディングドレス姿のヨハンナさんが並んでいた。

 私たちもそばに行って、お祝いの言葉を贈りながら順番を待ち、私とギルさんは証人になって、二人の結婚を見届けた。

 教会を出ると、ピアさんが家族と共にそこにいて、親方たちを見つけ、目を見張っている。

「あんたたち、やーっとひっついたのね。なんで、あたしを証人に呼ばなかったのさ」

「いや、急に意気投合したというか……」

 親方がもごもご言い訳している。

「あの三人は幼馴染で、ヨハンナさんの夫と合わせて合同で結婚式を挙げたんだ」

 ギルさんが、わいわい言っている三人を横目に見ながら、説明してくれた。

 ヨハンナさんの旦那さんは騎士で、結婚一年目に魔獣の討伐へ行って、命を落としたそうだ。その後、城下の食堂の看板娘だったヨハンナさんの料理の腕を見込んで、先代さまがワイナリーの宿のおかみとして働いてもらうようにしたんだって。

 ちなみに、ワイナリーは先代さまが生まれ故郷のワインの味を再現したくて作ったもの。先代さまの長男の三番目の男の子として生まれたギルバードさんだけが、興味を持ったので、譲られることが何年も前から決まっているそうだ。

 一番上は後継、すぐ上のお兄さんも既婚者で、今は帝国にある銀行の店長をしている。

「兄たちは政治経済の能力があったから、ワイン作りには見向きもしなかったけれど、僕はこっちのほうが向いている。なにより、農園が好きだからね」

 にっこりしたギルさんは、とても好ましかった。前の世界で、こんな好青年には会ったこともない。

「あたしに、おごらせなよ!」

 ピアさんが親方とヨハンナさんに叫んでいる。

 彼女はワイナリーの近くの農家のお嫁さんなんだそうだ。夫婦仲は良く、子どもが六人いて、姉御肌なので、ブドウ摘みのときは女衆のまとめ役をお願いしているって。

「僕も加えてほしい」

 私に説明してから、三人に言ったギルさんが、ぐるりと周囲を見渡して宣言した。

「今日のめでたい日に婚姻を結んだみなを祝福しよう。これからの食べ物飲み物の料金は、このギルバード・フエル・ライアルがもつ。みんな、楽しんでくれ!」

 わあっ、と歓声が上がり、教会前の広場で旅芸人のヴァイオリンが始まると、その場にいた新郎新婦だけでなく、年とった人も若い人もみんな踊り出した。

 屋台が移動してきて、飲んで食べて騒いでダンスして。

 私とギルさんも、みんなと一緒に大騒ぎした。

 で、それからの記憶がない。

 気がつくと、豪華な部屋のベッドの上にいた。白い寝巻に着替えさせられて。

 枕元の椅子には、座ったままで寝ているギルさん。

「きゃああっ」

 びっくりした私は悲鳴を上げた。

 酔っぱらって、またやっちまったのかい? なにかを。





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