(4)
収穫祭は公国の中心にある城市で行われた。公爵さまの居城のあるところで、お城と街をぐるりと大きな城壁が囲んでいる。
「平和そうだけど、この国でも戦争があったり、盗賊団の来襲なんてあるの?」
ジャン親方とヨハンナさんが御者台に座り、私とギルさんは荷台に乗って周囲の風景を眺めながら、ごとごとと荷馬車が城門をくぐった。
「戦争は何十年もないよ。魔獣の襲来も、このところはないね。小型のものは森のほうでたまに出るから、騎士団が駆除している。でも、城下に出たことはないねえ」
ギルさんが、のんびりと答えた。
さすが異世界。魔獣がいるんだ。
私たちは、白いブラウスに黒のボレロ。男性は黒のズボンで、女性は黒い、ふんわりとしたスカート。ボレロとスカートには綺麗な刺繍が施されている。男性はつばの狭い帽子をかぶり、女性は髪をアップにして造花の花冠をしていた。
城下では、歩いてきたり、乗合馬車で来たり、または私たちみたいに自分ンちの荷馬車で来たりした人たちが、同じような民族衣装みたいな服装で身を飾っている。
指定された場所に荷馬車を置いた親方は、帰る時間をギルさんと打ち合わせて、ヨハンナさんと共に人ごみの中へ去っていった。
昔の知り合いに、会いに行くんだって。
「マリーさん、僕たちはこれからどうします?」
「もちろん、屋台の食べ歩き!」
「その前に踊りませんか?」
歩きながらお城の前の広場へ着くと、中央でヴァイオリンやドラム、サクソフォンみたいな管楽器をかかえた人たちがいる楽団が、陽気な音楽を奏でており、年とった人から若い人まで、二人一組でくるくると踊っている。
「私、ステップを知らないし」
早く食べ歩きに行きたい私は、やんわりと断ったけど、ギルさんは強引だ。
「簡単ですよ。ステップはこれだけ。あとは周囲を見ながらやればいいんです」
と、私の右手をとってお手本のステップを踏み、広場へ連れ出した。
「マリーさん、形より楽しむことですよ。ほら、みんな、そうしてる」
ギルさんに励まされ、私も踊りの輪へ加わった。
うん、楽しい。フォークダンスみたい。
ステップを間違えつつも踊っていたら楽しくて、広場を半周したときに音楽が終わったときには、息を切らせながら、テンション上がりまくり。
「のど渇いたでしょう? これから食べ歩きすれば、たくさんお腹に入りますよ」
ギルさんが爽やかに言った顔に、どきりとした。
「さすが。そこまで考えていたの?」
私は笑って、自分の気持ちに気づかないふりをした。
ギルさんは広場の縁にぐるりと並んでいる屋台スペースへ私を連れて行った。
「何にします?」
「串焼き」
まずは、これだね。たれのいい匂いが漂ってきている。ビールも欲しいな。
ギルさんは串焼きの屋台へ行って、それを二本買ってきた。
「ツノウサギの肉なんですが、きちんと下処理がされているものしか流通していないので、大丈夫です。おいしいですよ」
ツノウサギは小さな魔獣。公国の研究所で食べ方が考えられ、昔は魔獣を食べなかったけど、今ではポピュラーな食料になったんだって。ジビエってことかな?
家畜もいるけど、公国は森が多いので、牧場は少なく、今まで輸入に多くを頼っていたんだそうだ。
串焼きはジューシーで、おいしかった。こうなると、やっぱり、ビールが飲みたいねえ。この世界に、あるかしら?
「お代は?」
いくら、と言いかけたら、ギルさんが私のぶんの食後の串まで持って、
「おごりです。デートってことで」
と言って、串をゴミ箱まで捨てに行ってしまった。
「え? ええっ?」
頭が言葉を理解したころ合いで、ギルさんが戻ってくる。
「あの……僕とでは、嫌でしたか?」
ギルさんの頬が、うっすら赤い。
「そっ、そんなことないです!」
私は頭と右手を両方振った。私の顔も赤い。
「むしろ、ご褒美です!」
モブ人生での、初デートだよ!
「うれしいなあ。そんなこと言ってくれるなんて」
「いえいえ。ギルさんみたいなイケメンとデートなんて、夢のようです」
「いけめん?」
「あ、いい男ってこと」
こっちじゃ、そんな単語、使わないか。
「ほめすぎだよ、マリーさん。僕は平凡だし、三男で親から継ぐ財産はあのワイナリーだけって決まっているから、お金持ちってわけでもないので、寄ってくる女の子もいなくって。誘ったのは、マリーさんが初めてなんだ」
「えー、そうなんですか。こっちの女性は見る目がないなあ」
ギルさんは、イケメンで親切で、ちょっとシャイだけど、真面目な働き者なんだけどな。そういう人は、こっちではもてないんだろうか。
「それで、どうしよう。こんどはどこの屋台に行く?」
「次は飲み物。それか、デザート!」
この世界の男女交際についての考察はあとにして、今は飲み食い優先よ!
ギルさんは笑って、ジュースやお酒、お菓子の屋台へ連れて行ってくれた。
お酒の屋台に、ふらあと寄って行った私を、さりげなく果実水の屋台に引っ張っていったギルさんは、ウナの実のジュースを二人分、注文した。飲んでみたら、梨の味がした。
麦の茎のストローで紙コップに入ったジュースを飲みながら、次は甘い匂いにつられて、ひと口カステラの屋台へ行き、紙袋に入ったのを二個買って、それぞれ手にして広場の一角にある飲食スペースの椅子に座った。
前の世界にあったような物がここでも存在しているなんて、不思議だなー、と思っていたら、ギルさんが言う。
「この大陸には帝国とそこに従う十ほどの国があるんだけど、異世界から人を召喚する技術を持っているのは帝国と二つの国だけで、たまに召喚された異世界の人が、いろいろな技術をもたらしてくれたんです。この紙のコップやストローなんかね」
異世界って聞いて、ぎくりとした。
まさかギルさん、なんか感づいて?
でも、それは思い過ごしのよう。ギルさんは、たんたんと話している。
「お酒の技術も伝えてくれて、僕の作っているワインもそうなんだ。西のほうの国では、ウイスキーも作られているし、南のほうではビールや透明な蒸留酒も。度数が強いのだけど」
ほう。と私は聞き耳を立てた。それって、ジンとか、ウォッカかな?
「お米のお酒はある?」
そうよ。飲み損ねた大吟醸!
「オコメ? うーん、聞いたことないな。今度、調べてみるよ」
ざーんねん。
「じゃ、屋台にビールはある?」
「エールなら、あるよ。行ってみる?」
「ぜひ!」
この世界のワイン以外のお酒。私が飲んでいたのと、同じ味かな? ワインはおんなじか、それ以上の出来だったから、他も期待できるね。
私は浮き浮きして立ち上がり、からになった紙コップの後始末をギルさんにお願いして、手にした袋からカステラを一つ、つまんで口に入れた。
もぐもぐしながら周囲を眺めていると、大勢の人に交じって、栗色の制服を着て帯剣した騎士たちが見回っている様子が目にとまった。
こっちの世界の警察官だね。お仕事、お疲れさん。
と、心の中で言っていたら、なんと、見慣れた顔をその中に発見!
「マリーさん、次は」
と、ゴミ捨てから帰ってきたギルさんにお菓子の袋を押し付け、私は人の間を縫って駆けだした。
「べるな~~る~~。なんで、あんたがここにいるのよ!」
てっきり、遠くに逃げたと思ってたのに。
「ひいっ」
と、私を見て顔をひきつらせた元夫(仮)は、一目散に逃げ出した。
「待てって、言ってんでしょ!」
私は止まって靴を脱ぎ、片方を元夫(仮)の後頭部で投げつけた。
ガン、とそれはヒットして、元夫(仮)はバタリと前のめりに倒れた。
きゃあ、と周囲から悲鳴が上がった。
「寝てるんじゃないわよ。説明して!」
「おくさま、やめてください!」
周りを囲んだ野次馬の中から、お祭りの衣装を着たメリーアンが飛び出してきて、私の右腕を掴む。
「あんたも一緒に私をだましたの?」
「マリーさん……『おくさま』って、既婚者だったの?」
追いついたギルさんが青ざめている。
「「違います!」」
私とメリーアンがユニゾンで叫んだ。
「違うよ。まるっきり」
起き上がった元夫(仮)がぼそりと言った。
「でも……」
誤解して、ぼう然としているギルさん。
カオス。
「なーにやってんだ? ベルナール、警らの邪魔だろうが。関係者みんな、こっち来い。落ち着いたところで、話をしようぜ?」
人ごみの中から、部下を一人連れたギデオンさんがやってきた。騎士団長の制服をきっちり着ていると、お酒飲んでいるときより何倍もイケメンだ。
「ギルバード様も、よろしいですね?」
ギルさんは私たち三人と一緒に、騎士に伴われ、歩き出した。
でも、『さま』? はて?