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(3)

 そうやって話しているうちに、窓の向こうには広大なブドウ畑が見えてきた。大勢の人が畑に散らばって、ブドウを摘んでいる。

 馬車は畑を貫く道をゆき、突然、止まった。

 ノックのあとドアが開いて、若い男性が顔を出す。

「おじいさま、ブドウ畑に来るなんて、どうしたんですか?」

 金茶の髪に青い瞳をしたイケメンだった。白いシャツと黒いズボン、ブーツ姿だった。シャツは、腕まくりをしている。

「働き手を一人、連れて来た。宿はヨハンナのところで」

「いいですけど」

 答えながら、青年はこっちをじろじろ見ている。

 ここで降りるのかな?

 そう思った私は立ち上がった。

「連れてきてくださって、ありがとうございます。さっそくですが、お仕事に行きます」

 私は青年をよけて、ぴょんとドアから下に飛び降りた。

「ギルバード、マリーさんじゃ」

 青年に告げたおじいさんは、次に私へ言った。

「荷物は宿へ運んでおこう」

 ドアが閉まり、馬車が動き出す。お付きの二人は、馬車の後ろにとりついていた。

「祖父が強引で、すまない」

「いえ、こちらも仕事と当面の寝床を紹介してくださって感謝しております」

 と、私はネッテさんのマナー講座で習ったように、スカートをつまんで、ちょんと左足を引き、レディのお辞儀をした。

「いや、ご丁寧に」

 青年――ギルバードさんもお辞儀をした。

「僕はここの責任者です。ギルと呼んでください」

「はい、ギルさん。よろしくお願いします」

 にこにこと営業用スマイルをすると、ギルさんの耳が赤くなった。

 ウブじゃのう。

 年下ってことなので、私は姉目線だ。

 イケメンの好青年を前にして、眼福、眼福と喜んでいたら、麦わら帽子を被ったおっさんが、干からびたブドウの房を手に早足でやってきた。

「ギルバードさま、白ブドウの一部がだめになっています。今年は熟れるのが早かったようで」

「そうか、カビが生えたのかな。捨てるしかあるまい」

 ギルさんとおっさんの会話を横で聞きながら、私はおっさんが持っているブドウを眺めていた。

 これって、話に聞く貴腐ワインのブドウでは?

 私は飲むほうなので、作ることについてはよく分からない。でも、友だちとワイナリー見学のツアーに参加したときのことを思い出した。そのとき渡された資料にあった写真に、そのブドウはよく似ていた。

「ねえ、ギルさん。捨てるんなら、試しにと思って、それでワインを作ってみない?」

 口を出したら、おっさんに睨まれた。しかし、ギルさんはブドウと私の顔を交互に見てから言った。

「そうだな、試してみよう。ジャン、同じ状態のブドウを集めて、それで作ってみよう。それから、こちらはマリーさんだ。手伝いに来てくれたので、女性たちのまとめ役のピアのところまで連れて行ってくれ」

「かしこまりました」

 おっさんは、麦わら帽子を取って胸の前に置き、一礼した。

「マリーっつったな。きな」

 ジャンさんが顎をしゃくったので、私はそのあとをついて行った。

 畑の真ん中でピアさんという横幅の広いおばさんに引き渡され、私もブドウ摘みの作業に加わった。

 これが、おいしいワインになるのねー。うふふふ。

「マリーさん、そんなに急ピッチじゃ、疲れてしまうよ」

 見回りに来たギルさんに注意されたけど、「だいじょーぶ」と答えておいた。

 おいしいワイン。おいしいワイン! 赤、白、ロゼ!

 ハイテンションでブドウ摘みをし、ランチのときには一緒に働いていたおばさんや娘さんたちと、シャトーからちょっと離れたところにある宿屋に行って食事をした。そこが、ヨハンナさんが経営している食堂兼宿屋で、ヨハンナさんは小太りできっぷのいいおかみさんだった。

「マリーって、あんた? 荷物が届いているよ。受付のカウンターの後ろにある。部屋の鍵は夕方、帰ってきたときに渡すからね」

「はい、よろしくおねがいします!」

 元気よく返事をした私に、わあっと歓声が上がった。

 なして?

 周りを見回した私から目を逸らし、みんなはわいわい食事をし始めた。

「マリー、早く食べないと」

 ピアさんに注意され、私も料理が載ったトレイを厨房で受け取り、空いた席に座って食べ始めた。組み分けして、交代でランチを摂ることになっていたからね。

 そのとき気づく。

 ワインがついてないじゃないのー。おじいさんの嘘つき。

 ま、夕食にはついていたけど、グラスに一杯。

 おいしかった。もっと飲みたかったよ。




 それからの三日間、ブドウ摘み。で、四日目に筋肉痛で、ダウン。

 朝起きて、ガジガジの身体に、「こりゃだめだ」と半泣きになり、這うようにしてベッドを出てから、呼び鈴を押してカーペットの上に白い寝間着のまま、ころがった。右足のフトモモも、つった。マジ痛い。

 私が借りているのは二階の西の角部屋で、一人用。他に空きがなかったんだって。助かったけど。

 変装用の茶色のカツラは日中、被っていたけど、夜は取るものね。でもそのときは、カツラを被る余裕もなく、肩甲骨までの長さの黒い髪をザンバラにして、床にはいつくばっていた。ホラーだわ。

 呼び鈴を聞きつけて、ヨハンナさんがバンとドアを開けた。

「マリー、どうし……」

 きゃあああっ、という叫び声。

「どうした、どうした」

「なんだ、なんだ」

 と、ドタドタと男衆が階段を駆け上げってくる音がすると、ヨハンナさんは我に返った。

「女の子の部屋を覗くんじゃないよ!」

 バタン、と後ろ手でドアを閉め、近寄ってきた。

「マリー、どうしたの」

「す、すみません。慣れない労働で全身筋肉痛になり、動けません。今日のお仕事、お休みさせてください。使えないってことなら、出て行きますから。でも、筋肉痛が治るまで、いさせて……」

「なあんだ。そんなことだったの。あたしゃ、病気になったのかと思ったよ」

 と、手を貸して立たせてくれ、ベッドまで運んでくれた。

「今日は、ゆっくり休みなよ。あたし特製のシップ薬を持ってきてあげるから、それを塗って、寝てな。女衆のまとめ役のピアには、あたしから連絡しとくよ」

 ヨハンナさんはそう言って、部屋を出て行った。

 ピアさんからの伝言で、お休みをもらえることになり、伝言と一緒にシップ薬を持って来たヨハンナさんが私にシップ薬を塗り、当て布をしてくれた。そして、何故か、ギルさんからお見舞いということでピンクの薔薇の花束をもらった。

 ここのワイナリーの責任者ってば、臨時雇いの従業員にまで、こんな気遣いをしてくれるなんて、と私は感激。

 ギルさんは、ホワイトな職場のいいリーダーだねえ、と思った。

 シップをして一日寝ていたら、痛みもだいぶとれてきた。

 夕食のシチューとパンをトレイに載せて持って来てくれたヨハンナさんにそれを言ったら、「摘み取りの一番忙しい時期は過ぎたから、マリーはうちの食堂を手伝ってほしいって、ギルバード様が言ってたよ。働き方次第では、うちでずっと雇ってもいいってさ」

「おまかせください!」

 学生の頃、居酒屋でバイトしてたんだよね。経験者であります。

 次の日から、私は食堂のウエイトレス兼宿屋の雑用係。

 朝、泊まっている人たちに朝食を提供し、仕事に出て行ったら部屋の掃除とベッドメイキング、昼はブドウ摘みの人たちとワイナリーの職人さんたち、夕方はその職人さんたちとヨハンナさんの手料理に引き寄せられた常連さん、が食堂にやってくる。

 私は、くるくると働いた。朝食と昼食はお客さんがすいた時間にヨハンナさんと先輩ウエイトレスの女の子三人と私が交代で摂り、夕食は職人さんたちが終えてから、常連さんたちとワイン付きで。

 ウエイトレスの女の子たちは、ブドウ摘みの忙しい時期だけの臨時やといで、普段はヨハンナさん一人でやっているとのこと。

「用事で来たお偉いさんはシャトーに泊まるから、この時期をはずせば、うちはふらりとやってくる旅行者を泊めるくらいかねえ。食堂のほうは、ここでしか飲めないワインとあたしの料理を食べにくる常連客だけさ」

 その言葉通り、ブドウ摘みが終わると、さあっと人がいなくなった。残っているのは、ワイナリーの職人たちだけ。

 で、常連というのが変わった顔ぶれで、職人の親方のジャンさん――は、未亡人のヨハンナさんをくどきにきているみたい――騎士団長のギデオンさんとその部下の面々、そしてワイナリーの責任者のギルバードさん。

 私は団長のギデオンさんとさっそく飲み友だちになった。

 ギデオンさんは、四十代の金髪イケオジだ。妻子持ちだから、夕食時にここで飲んでいていいのかな、と思ったけど、「仕事の一環だ」と、笑い飛ばされた。

 ギデオンさんとは、試飲してのワインの銘柄のあてっこしてから仲良くなった。

 ボトルごとにひと通り飲んでみて、ボトルを隠し、次に試飲して銘柄を当てる、というやり方をした。私は全問正解、しかしその後の記憶がないんだよね。

 気がつくと朝で、身支度をして一階に降りて行くと、ヨハンナさんから、「ワインはグラス一杯にしておくれよ」と言われてしまった。

 私、酔っぱらうとお説教をするらしい。

 なるほど、妹が「大変なんだから」と言っていたのは、それか、と納得したのだった。

 ブドウの摘み取りが完全に終わり、圧搾・発酵という過程を経ている間に、ヨハンナさんが言ったとおり、宿にはお客がいなくなった。食事をする人も。仲間のウエイトレスの女の子も契約期間が終わってやって来なくなり、ヨハンナさんと私だけになった。

 ずいぶんと静かだ。それでも、いつお客さんが来てもいいように、私は宿の部屋の掃除をし、昼食と夕食を摂りに来る職人さんたちの給仕をする。それが終わった頃やってくる常連さんたちとわいわい騒ぎながらの食事が楽しく、これならずっとここにいてもいいかな、と思い始めていた。そんなとき、ギルさんから、誘われた。

「マリーさん、一週間後に城下町で秋の収穫祭が行われるんだけど、一緒に行かないか?」

 いつもにこにこしてギデオンさんと私のやりとりを見ていたギルさんからの、デートのお誘いだ。

「えっ?」

 びっくりして思考が飛んだ。

「ギルさん、ハンサムだから、もてるでしょう? 他に誘う子、いなかったの?」

「ひどいな、いないよ。だから、マリーさんを誘っている。屋台とか出て賑やかだよ」

「でも……」

 私はヨハンナさんを振り返った。

「行っといでよ。収穫祭の日は、うちも休みにするから。あたしも行こうかな」

「だっ」

 と、ジャン親方が椅子から立ち上がった。

「だったら、俺が送っていこう。ワイナリーもその日は休みなんだ」

「ああ、じゃ、頼むよ」

 ヨハンナさんの返事に、親方は真っ赤になって座り、ジョッキのエールを一気飲みした。

「マリーには、あたしの若い頃の衣装を貸すよ。二人でおめかししようね」

 と、ヨハンナさんはウインクした。

 ヒューヒューと、騎士たちが冷やかして騒ぎ立てるけど、ギルさんは知らん顔して、私に微笑みかけた。

 どきり、としたけど、私は頭を切り替えた。

 お祭りなら、おいしい食べ物とお酒だよね。 

 楽しみ!




 


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[気になる点] セリフの、が多いと、思います しゃっくりでも、してるのかと、思うくらい、なので 減らしては、いかがでしょうか?
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