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 一年後。

 王都では王太子と異世界から召喚された聖女の結婚式が催され、その様子とパレードを見ようという人たちで賑わっていた。

 で、私は茶色いカツラを被って、その上に白い頭巾、紺色の胴着に黒いスカートといったどこにでもいる平民女性の格好をして、カバンを一つ持ち、国境に向かう乗合馬車に揺られていた。客は私一人だ。

 うふふふ、我ながら、よくやったと思うわ。

 笑みをおさえるために、口元が痙攣している。

 あれから、私は『私』を殺すことにしたのだ。

 聖女のオマケの私を下賜したあと、王太子が関心をまるっとなくしたことが幸いだった。あのキラキラ王子、女子高生を口説き落とすことに熱中して、私のこと、忘れてやがんの。

 そこで私は、自分と夫(仮)と元婚約者の三人が幸せになる計画を立てた。

 まず、元婚約者・メリーアン嬢、婚約者が王命で結婚したことを知って突撃してき、修羅場を演じてから、泣きながら退場。

 ――ってのは、演技。

 メリーアン、演技がうまいな。女優になれそう。腹を括ったオンナは、強いわ。

 彼女は傷心ということで、親の勧める結婚話を断りながら、私が死ぬのを待つ。その間、裁縫の腕を磨き、お針子として稼げるよう準備をしている。

 この世界、女性の地位が低くて、家政婦・メイド・家庭教師・子守・お針子・商店の売り子・娼婦くらいしか、職業がない。

 メリーアンは手先が器用だったから、稼げるくらいに修行するという課題を与えたのだ。もともと、騎士になったベルナールを支えるため、縫製の内職をするつもりだったそうなので、規定路線か。ええ子や。

 ヘタレの夫(仮)については、素のままで良し。

 だってこいつ、腹芸なんて出来そうにないもん。嘘つくとき、目が泳ぐんだぜ? 騎士になって、護衛して戦って主の命に従って、それしか考えてなかったみたいで、これが脳筋というのかしら? 奥さんになるメリーアンがしっかり者で良かった、良かった。

 王太子がくれた子爵位ってのは、領地がついていなかった。ベルナール・バルバロッサ子爵の名義は、この邸のみで、収入は王家から下賜される一定の金額を受け取るだけ。

 なめてんの? あのキラキラ王子。私は自分の世界から引き離されて、すべてを失ったんだよ?

 報酬ってのも、この国の子爵が暮らす三年分のお金。それも、私にじゃなく、夫(仮)の口座に入ったの。

 そうそう、この世界、銀行があるのよね。この国の隣にあるライアル公国の初代さまが金融のシステムを作り、各国に銀行を設立して、預金・融資・両替・為替なんて作業を効率的に出来るようにしたんだって。

 その初代さまが、きらきら王子の曾祖父さま。おばあちゃんが、ライアル公国から嫁いできたわけね。

 家屋敷は、その曾祖父さまから譲られたもの、お金は自分のポケットマネーということらしい。

 ま、身銭を切っただけ、ましかもしれないけど、これ、元は税金なんだよね。民の苦労を知っておるか? 王子サマ。

 というわけで、新バルバロッサ子爵は夜会に出て社交をするほどのお金はないけれど、食うには困らないということで、毎日、庭で素振りと走り込みと筋トレをしている。

 妻(仮)の私は、執事のセバスさんとメイド長のネッテさんに召喚者だと打ち明けて、この世界の常識を教えてもらうように頼んだ。

 二人とも、私が聖女のオマケだとは知らされてなかったようで、驚いたみたい。痩身五十代のセバスさんは、片眉を上げるだけ、厳しそうな四十代のネッテさんも、大きく息をひとつ吐いただけだったけど。

 それからはセバスさんに読み書きとこの世界の常識を、ネッテさんから上流夫人のマナーとダンスを教わった。

 三か月ほどして、「今度は庶民の常識と立ち居振る舞いを教えてほしい」と言ったら、セバスさんから、「メイドとして働いてみてはどうでしょう」と提案があり、それに乗った。

 セバスさんが「奥さまが社会勉強をなさりたいそうです」と話を通してくれたので、若いメイドさんに交じって、私も掃除・洗濯なんでもやりますメイドをした。いやだって、上級メイドは奥さまのお世話とかするってんで、自分のお世話はできないでしょう、てことで、できなかっただけ。

 それをまた三か月。屋敷の外へメイドさんと一緒にお買い物に出たりして、庶民としても暮らせるよう、付け焼き刃の知識を詰め込んだ。

 それからは、物思いにふける様子をみんなに見せ、食欲を無くし――いや、これはつらかったわー。お腹が減って。ま、ダイエットできたけど――アンニュイのふりをした。

 するとそれまでトレーニングしかしてなかった夫(仮)が、ベッドで休んでいた――お腹が減り過ぎて――私に訊く。

「君は、自由になったら、どこへ行きたい?」

 私は即答した。

「隣のライアル公国よ!」

 セバスさんから教えてもらったところによると、公国のワインはおいしいらしい。一度は現地で飲んでみたいじゃない?

「うん、わかった」

 と、夫(仮)は首をかしげてから答えた。

「やっぱり僕たちだけで計画を実行するには無理がある。ここは使用人を買収して仲間に引き入れよう。ずっと見ていたけど、セバスは信用できるよ」

 現地人の夫(仮)が言うので、そこを信用し、私はセバスに計画を打ち明けた。

 渋いイケオジ執事は、私の話を聞いたあと、提案する。

「この屋敷の者たちも加えてください」

 ここまできたら、それに乗っかるしかないじゃない?

 私は夫(仮)に銀行からお金を全額引き出してくるように頼んだ。それも全部、金貨で。

 たくさんの金貨の袋を食堂のテーブルの上に置き、私は計画を話し、協力してくれるよう、お願いした。報酬は目の前にあるお金を山分けすることを付け加えて。

 で、みんなの協力を取り付け、その後の私は病弱設定。メイドたちは外でそれとなく、奥さまが故郷を恋しがって病になったと噂を流した。この間、私は庶民として生き抜く術をみんなから教わっていたんだけどね。

 そして、王太子と聖女の結婚式の日に、私はひっそりと息を引き取り、三日間続くお祝い行事の間、埋葬され、夫(仮)は妻を失った悲しみから爵位を返上して出奔、という形でメリーアンとの駆け落ち。召使いたちもばらばらに散って行き、行方知れず。みんな、追っ手の届かない遠くへ行くことに。

 という筋書き。

 計画は順調に行き、死んだことになった私はライアル公国へ向かっている。

 今頃、お葬式の準備とその後の逃げ出す支度で、夫(仮)と使用人たちは大忙しだ。

 死亡の偽装と役所に提出する書類関係は、すべてセバスさんがやってくれた。

 できる執事だわあ。

 山分けした金貨は、私の分もあり、それは銀行に口座を作って、預けた。

 それって、ライアル公国の初代さまが設立した銀行よ。身分証明はどうするかと思っていたら、なんと手のひら認証。この世界の人は強い弱いはあってもみんな魔力を持っていて、それで個人を認識するんですって。

 異世界から来た私にもあるのか? と思っていたら、夫(仮)に連れられて行った銀行で口座がつくれたから、魔力はあるみたい。自分で使えないけど。

 それで今は、当座の生活資金と通帳を胴着の内ポケットに隠し、着替えを入れたカバンを持って乗合馬車に乗っているわけだ。

 馬車はガタゴトと道をゆき、やがてライアル公国との国境に着いた。

 王さまの親戚筋の友好国なので、木で出来たゲートを警備している兵士たちも、あっちとこっちでのんびりとおしゃべりしている。関所みたいなのは、ないらしい。

 ゲートを通るとき、ライアル側の兵士の人が見ていたけど、何も言わなかった。反対に向こうからは老若男女、大勢の人がやってきて、私が乗って来た馬車に乗り込んだ。きっと結婚式見学と商売のために王都へ行くのだろう。

 さて、ライアル公国へ足を踏み入れたのはいいけれど、どうやって都まで行けばいいんだろう。乗合馬車がない。

 というか、まず宿に泊まって、職と住むところを探さなきゃ。

 道はまっすぐで、右側に麦畑、左側に森があった。

「ま、とりあえずはここを歩いていけばいいのかな?」

 と、私は歩き始めたのだけど、道の森側に白いひげのおじいさんが椅子に座っているのが目に留まった。

 グレーの上着とズボンといった庶民の服装をしていたけれど、両脇に黒服の男性が立っていて、左側の人なんて日傘を差しかけていた。絶対、いいとこのおじいちゃんだ。

「もし、お嬢さん」

 おじいさんが言った。

「私のことでしょうか」

 アラサーは、お嬢さんというんだろうか。生意気な子どもだったら、おばさんと呼ぶだろうな、と考えながら答えた。

「さよう」

 おじいさんは鷹揚に応じた。

「ライアル公国へようこそ。観光かね?」

「いえ、ワインがおいしいって聞いて、飲んでみたくて。でもその前に、宿と働くところを探さないといけないんです」

 悪い人じゃなさそうなので、正直に答えた。

「ほうほう。それは、ちょうど良い」

 おじいさんが立ち上がると、左側の人が傘をたたみ、右側の人が椅子を折りたたんで脇に抱えた。

「わしの家はワイナリーを持っておっての。ちょうどブドウの収穫時期で、人手が欲しいところなのじゃ。どうかな? 宿とおいしい食事、ワイン飲み放題。この条件でブドウ摘みを手伝ってくれんかのう」

 願ってもないお話! 

 でも、うまい話には落とし穴がある。だから、慎重に答えた。そおっと逃げるために。いい人そうでも、騙す奴はいるのよ。

「初めて会った人からのお誘いには、応じてはダメって、母が言ってました。おじいさんが、どこの誰だか、私、知らないしィ」

 少々、ぶりぶりしてみた。

「こいつ、無礼な!」

 左側の男が一歩、前に出る。

「下がりなさい」

 おじいさんのひと声で、お付きの人は一礼して下がった。

「ではこれでは? うちのワイナリーの物じゃ」

 右の人がワインのボトルとグラスを出し、小さなテーブルに置いた。

 いや、ソレ、どっから出した? 手品師か、右の人!

 その人は、慣れた手つきで栓を抜き、グラスに少し赤ワインを注いだ。

 私はふらふらっと近寄って、差し出されたワイングラスを受け取り、それを飲んだ。

「おいしーい! フルーティ! チーズに合いそう」

「これが食事どきに飲み放題じゃぞ?」

 にこにこして、おじいさんが言った。

「やります! やらせていただきます!」

 これが飲み放題、飲み放題。飲みホーダイ!

 その言葉が頭の中をぐるぐる回っている内に、手からグラスが取り上げられ、テーブルとワインボトルが消えて、おじいさんの後ろには馬車がやってきて停まった。

 馬車は地味ながらも、どこか品のある感じを受けた。

 右のお付きの人の手を借りて、おじいさんが乗り込むと、私は左の人の手を借りて続いて乗った。

 馬車の中のクッションはふかふかで、ステッキを手にしたおじいさんと私はふたりきりとなった。

「お嬢さん、お名前は?」

「マリーといいます」

 そう、マリコさんは、マリーさんになった。

 ほんとは私も、もっとかわいくてキラキラの名前にしたかったのよ? 顔も性格も平凡なモブだから、せめて名前だけでもって。

 でも、夫(仮)が、「今までと全然違った名前じゃ、呼ばれたとき挙動不審になって、偽名ですって疑いをもたれる可能性があるよね」と言い出すと、セバスさんを始めとする使用人のみんなも、「そうだ」「そうよね」となって、マリーに決まった。銀行の登録も同じ。しくしく。また、平凡なのよお。

 改名はできるっていうから、いずれそうしようと思う、平民だから、姓はなし。

「かわいらしい名前じゃの。お嬢さんにピッタリじゃ」

「えへへ。どうも」

 お世辞と分かっていても、お礼を言った。

「わしは隠居の身での。ワイナリーは今、孫が責任者をしておる。ギルバードといって、二十五歳じゃ。よろしくな」

 おじいさんは、フォッフォッと笑った。

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 そうよ、私は雇われ人、向こうは経営者。立場をわきまえなくちゃね。




 

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