悪役令嬢の育て方
第三王女フレンメル・シャルロットは今日で16歳の誕生日を迎えた。
王宮内は彼女にとってのこの特別な一日を祝福するために、
豪華なご馳走や近頃王都で話題を集める踊り子たちによる舞が
執り行われている。
16歳といえば、フレンメルの国では成人を意味する。
年齢に似合わぬ大人びたスタイルと端正な顔立ちに、
ややカールがかった美しい黄金色の髪。
上流階級として生を授かった貴族たちは皆、彼女を
一目見よう、あわよくばお近づきになろうと例の誕生日会に
出席する者は後をたたない。
しかし残念な事に、彼ら貴族の願いは徒労に終わる。
シャルロットは幼少の頃より厳格な父。
国王フレンメル・ヒュードリッヒの元で王女としての
適切な立ち振る舞い及び帝王学を授けられたという事は、
王位継承権は二桁を下回る第三王女の彼女であっても例外ではない。
詰まるところ、シャルロットは国の偏向教育に育てられ
人を扱う術には長けているものの、誰かに好意を抱くなどと
いった下賎な感情は持ち合わせていない。
ましてや年齢相応の生殖本能といった生命のメカニズムからも
逸脱した彼女は、誰にも興味を抱かないし、誰かと進んで関わろうともしない。
はずだった。
最近の彼女は以前と様子が異なる。まず、普段は書かないような
ロマンティックな詩を書いては、それを一人で音読し、
切なげな顔で微笑むのだ。この異変にいち早く気付いたのは
シャルロットの姉。第一王女のフレンメル・ルーソン。
あくる晩。用を足しに長廊下を歩いていたルーソンは偶然。
妹のシャルロットの詩の言の葉を拝聴し、全てを察した。
どうやらシャルロットは、恋をしているらしい。
今まで皇子であろうと白馬の騎士であろうと一切の
時めきも抱かなかったシャルロットが、何者かに好意を寄せている。
他者の恋愛事情であろうと、そういうお年頃の姉ルーソンは、
この珍事を急ぎ父ヒュードリッヒに報告した。
しかし国のあらゆる人脈を駆使する父を持ってしても
最愛の娘のそのような人間関係には疑問を生じざるを得なかったため、
ルーソンの思い込みとして事は一旦の終息を迎えた。
迎え、時は今日の誕生日会に戻るのだが、シャルロットは今日も
今日とて彼女のための祝宴にはまるで関心を抱かず、
隅の方で適当な人間をあしらいながら、趣味の読書に耽っている。
そんなシャルロットを尻目に、ルーソンは本当に自身の杞憂。
とんだ思い込みであったと悟り、
彼女があの晩、恋愛抒情的な詩を読んでいた事は空耳であったと確信した。
シャルロットが恋なんかするはずがない。
だからシャルロットがその日の晩王宮から抜け出し。
異邦のものと駆け落ちするなど、この時この瞬間
この会に集う誰が予想できたであろうか?
シャルロットは恋をしていた。相手は名もなきしがない流浪人。
行く宛もなければ出自すら曖昧かつ、決まった家も持たない彼は
何も持たざらぬ自由人であった。
そんな彼とシャルロットが出会ったのは彼女が王宮内のお庭を散歩していた時、
長旅で疲弊し脱水症状に陥っていた彼を救ったことが全ての始まりだった。
彼の話はシャルロットが今まで教わってきた厳格な定型的な教育とは異なり、
過激で新鮮味溢れてどこまでも思想の余地がある美しい言葉だった。
王宮内での型に収まっていたシャルロットの人生にもたらされたスパイスは、
この国の凡庸な貴族の誰が持ち合わせていようか?
シャルロットが自室で読んでいた詩も、彼が昔遠い異国の地で聞いた
刺激的なラブソングであったのだ。
そんな彼に、シャルロットは一目惚れ。とまではいかないが、
二度三度交流を重ねるうちに、彼女が無意識に張り巡らせていた
他者に対する一種の猜疑心というものが壊れるのにそう時間は掛からなかった。
「僕はシャルロットの事を愛してる!僕と一緒に、この先は
君と二人で旅がしたい!」
「えぇ。勿論よキース。あなたの人生の象徴でもある旅。
その旅路に、私も付き合う覚悟は出来ているわ!」
あの晩。王宮の裏庭で密かに密通した彼、ことキースとシャルロットは、
キースの告白を持っていよいよ駆け落ちとしての体を成したというわけだ。
異常が事のあらまし。シャルロットが恋をし、駆け落ちをするまでの
一連の背景知識を是非心に留めておいて欲しい。
その後に続く悲劇の、ほんの一助になれば幸いだから....。
♢
シャルロットが駆け落ちしてから半日後。彼女はいとも容易く捕えられ、
再び王宮の地を踏む事となった。
あの晩、シャルロットが行方不明になったとの報告が近衛兵によってなされ、
彼女らを追走する早馬が出されたのだ。
茫然自失の父ヒュードリッヒは長考の後、事の重大さにようやく気がついたらしい。
以前ルーソンが密かに教えてくれた、シャルロットの恋心。
冗談だと半ば忘れかけていたが、こうもなっては仕方がない。
そもそも相手は誰なのだ?これでもしや名も知れぬどこぞの馬の骨であったら、
汚名を被せられるのはシャルロットだけでない。
間違った教育を施したとして自身にも害が及ぶ。
我が半分の血を受け継ぐ子らが一番大事だなどといっておきながら、
最後は保身を優先させたヒュードリッヒは、自らも早馬を出したのであった。
シャルロットとキースの二人が発見されるのは早かった。
二人の新生活はまだ3時間と半刻も経っていない。
王宮からそう離れていない湖の近くで歩く彼らを最初に見つけたのは
父ヒュードリッヒだった。
驚いたシャルロットは急いでキースの手を引き、その場から立ち去ろうとする。
しかし、キースはその場で立ち尽くしたまま動かなかった。
そんな彼に、ヒュードリッヒは交換条件を持ちかけたのだ。
「良いか?私は君の事など知ったことではないが、
この国で、しかも私の娘を攫ったともなれば其方の極刑は免れないだろう。
しかし、私もそこまで酷い事はしたくないんだ。
どうかい?ここで我が最愛なる娘シャルロットを一人置いていけば、
少なくとも君の命は保証しよう」
「.......ですが!それで..シャルロットはどうなるんですか?
名もなき流浪人である僕と共に逃げた罪に問われたりは....」
キースは聡明な男だった。彼の眼光は一瞬でヒュードリッヒの
虚飾に塗れた邪心を察知した。
ここでシャルロットを彼に引き渡すわけにはいかない。
このまま王宮に連れ戻された彼女がどんな仕打ちを受けるかは目に見えていた。
元より自分がシャルロットに駆け落ちの話を持ちかけなければ、
こんな事にはならなかった。自分でした事には最後まで責任を取らなければならない。
「逃げるぞシャルロット!!
君の父さんは何か企んでいる!」
「それが答えか....」
虚空に向かってこう囁いたヒュードリッヒは次の瞬間、携帯していたボウガンで、
シャルロットの最愛の男キースを、シャルロットの目の前で射殺した。
頭を撃ち抜かれたキースは訳も分からぬまま地に倒れ、そのまま動かなくなった。
シャルロットは絶叫し、キースの頭から溢れ出る脳みそを、必死で元の場所に
かき入れようと、もはや何の意味も持たない作業をただ泣きながら繰り返した。
「さぁシャルロット!お父さんがわるい虫を取り除いてやったんだ!
まだお前の誕生日会は終わってない!戻るぞ!!」
そして話は、シャルロットが王宮に連れ戻された今に至る。
誕生日会とはもはや名ばかりの、貴族たちの飛び交う白い目線は全て、
身分も持たない下賎のものと駆け落ちした愚かな第三王女シャルロットに向けられていた。
シャルロットはまだ、現状を上手く把握しきれていない。
つい数時間前、最愛の男を自らの父親に殺され、何事もなかったかのように処理された。
もはや声にもならない慟哭とでも言うべきだろうか。
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シャルロットはその日から今に至るまで約10年。自室に幽閉された。
王宮のお庭ですら。とにかく外出の一切を禁じられた。
彼女が一人、孤独な部屋の中で日々何を感じ、何を思い生きているのか。
シャルロットの姉である私、ルーソンでさえも分からない。
最愛なる私の妹へ by フレンメル・ルーソン
妹シャルロットの身に起きた悲劇を思い出しながら。私、ルーソンは
王宮の夜の廊下をただ一人歩いている。
この王宮も、この国も。いつまで続くのだろうか?
私の父フレンメル・ヒュードリッヒは二年前に不慮の事故で亡くなった。
私のもう一人の妹である第二王女のサテラも、病気で死んだ。
それどころか、王位継承権の上位に位置する私の兄たちも、
みな死んだ。
今、この国の王位継承権第一位は私だ。来週末、正式な戴冠式が行われる。
もう一度言おう。父ヒュードリッヒは二年前に死んだ。
しかし、私の妹と兄たちは、ここ二年以内に死んだ。
あの日以来、シャルロットは一度も自室から出てこないし、私たちに姿も見せない。
これは贖罪だ。あの日、シャルロットに何もしてあげられなかった私への
ケジメの付け方。遺書はもう、残してある。
♪♪♪
懐かしい詩の言の葉。やっぱり、あなただったのね。シャルロット。
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