学食のトンカツラーメンと追憶の排骨麺
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
私こと蒲生希望が在籍する堺県立大学の学食では、御当地グルメの期間限定フェアが定期的に開催されているんだ。
相応の味と栄養価が保証された御当地グルメが、手頃な価格で食べられる。
そんな至れり尽くせりな学食の期間限定フェアは、堺県立大学の位置する学園町近隣の地域住民にも評判が良いみたいなの。
まして私達のような在学生には言わずもがなだよ。
学祭みたいな大イベントのない平時のキャンパスライフは、漫然としていたら変わり映えのしない単調な物に成りがちだからね。
学食の期間限定メニューには、そんな学生生活の日常を彩る役割もあると思うんだよ。
そんな学食の期間限定メニューの醍醐味を最大限に満喫しているのが、私と同じゼミに在籍している台湾人留学生の王美竜さんなんだ。
「へえ、今週から岡山フェアか…ねえ、蒲生さん!今日のお昼は、岡山のローカルグルメで決めてみない?」
台湾風の訛りが端々に感じ取れる美竜さんのエキゾチックな声は、朗らかに弾んでいた。
留学生である美竜さんにとって、日本各地の御当地グルメを安価に楽しめる学食のフェアは何かと重宝なんだよね。
「津山のホルモンうどんに備前ばら寿司…なかなか珍しい物がラインナップされてるじゃない。」
「それも確かに捨て難いけど…今の私達の場合は、こっちを注文した方が良いかも知れないよ。」
そう言って美竜さんが喜々として指差したのは、岡山市の御当地グルメであるデミカツ丼とトンカツラーメンの写真だったんだ。
「何しろ漫才コンテストまで日がないからね。それに蒲生さんも、『日本では勝負事の前にカツを食べる』って言ったじゃない。」
どうやら美竜さんは、私達がコンビで出場する学内漫才コンテストの縁起担ぎを考えていたみたいだね。
「成る程…確かに漫才をやる以上、コンビで一緒にトンカツ料理を食べた方が良さそうだね。何しろ昔から『同じカツの飯を食べた仲』って言う訳だし。」
「コラコラ、蒲生さん!それを言うなら『同じ釜の飯を食べた仲』でしょ!」
ツッコミのキレもタイミングも、いずれも申し分なし。
相方として頼もしい限りだよ、美竜さん。
こうしてアマチュア漫才コンビとしての仕上がり具合を再確認した私達は、学食の席に腰を下ろして縁起担ぎの昼食と洒落込んだんだ。
カラッと揚がったトンカツの香りにデミグラスソースと豚骨スープの芳香が加わると、もう堪えられないね。
「とはいえ私としては、仮に漫才コンテストがなくても同じメニューを頼んでいただろうね。何せトンカツラーメンは、私の地元の排骨麺にそっくりな料理だからね。」
「えっ!私が知ってるパーコーメンにはスペアリブが入ってたけど?」
そんな私の素朴な疑問に、台湾出身のゼミ友は得意気な微笑で応じたんだ。
「それも確かに排骨麺として正解だよ、蒲生さん。何しろ排骨は『豚の骨付きバラ肉』って意味だからね。だけど忘れてならないのは、排骨麺の在り方は一つじゃないって事なんだよ。」
美竜さんによると、排骨は地域や家庭によって大きく差の出てくる料理なんだって。
ソースをかけたり醤油で煮込んだりと味付けも千差万別なら、排骨に使用する豚肉の部位だって様々なの。
「骨無しバラ肉やロース肉で作る排骨だってあるし、何なら日本のトンカツにソックリな排骨もあるよ。板炸って作り方で、パン粉をまぶして揚げるんだ。」
ロース肉にパン粉をまぶしたら、もうトンカツその物だね。
「だけど私達は、それらを全て『排骨』って呼ぶんだ。そう考えれば、このトンカツラーメンは立派な岡山風の排骨麺だよ。」
美竜さんったら、排骨を語り出したら止まらないね。
台湾の人達は豚肉の料理が大好きと聞くけど、その点は美竜さんも血は争えないって感じかな。
「そんな私達が排骨にイの一番に求める条件は、何と言っても新鮮な肉質と旨味だね。だから排骨は真っ先に食べるのが礼儀なんだ。」
喜色満面といった面持ちで割り箸を手に取り、丼の中から目当ての品を掬い上げる美竜さん。
そうして有言実行とばかりに掲げられたトンカツの切れ端は、豚骨スープが存分に染みていて、見るからに滋味に満ちていたんだ。
だけど美竜さんの笑顔には、好物を口にする喜び以外の感情も含まれているように感じられるのだけど…
「昔から言うじゃない?『まずは排骨より食べ始めよ』ってね。」
してやったりとばかりに口角を上げながら、トンカツを口に運ぶ美竜さん。
この一言が言いたくて、「排骨は真っ先に食べる」なんて言い出したんだ。
「それを言うなら『まずは隗より始めよ』だよ、美竜さん!そんな事、郭隗は言わないよ。大体、こんな故事成語をもじったボケなんて『史記』でも読んでないと気付かないよ!」
「アハハ!これはどうも、しいばせんね!」
そして今度は、「史記」の著者の司馬遷と「すみません」をかけた親父ギャグとはね。
幾ら漫才コンテスト間近だからって、女子大生で親父ギャグが常態化するのは考え物だなぁ…