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ペンギン協定締結前夜➁

「ち、ちょっと大丈夫ですか? 自分で歩けますか? それとも、もう少し酔いが醒めてから行きますか?」


「あぁん? 大丈夫大丈夫! 行きましょお!」


 本当に大丈夫かい? と心配する椎名に対し、小説の会を主催してくれた椎名にこれ以上迷惑はかけられまいと、あくまで肇は気丈に振る舞った。

 しかし、寝ていた柚希を半ば強引に引っ張ってきた肇は、会が開催されていた雑居ビルを出た時点で既に後悔していた。柚希はとても一人で歩ける状態ではなく、肇が肩を貸してやっと千鳥足で歩ける程度であった。


「電車では無理だな……。うーん、仕方がない。タクシーを使うか。金欠だからちょっと痛いけど、あとでカケルさんに請求すれば良いか。あ、そうだ。住所を聞いとかないと」


 柚希は酩酊状態である。タクシーの運転手とまともに話が出来るはずがない。そう踏んだ肇は、柚希の住所を前もって聞き出そうとした。


「カケルさん! カケルさん! カケルさんってば!」


「私はまだ飲めますよぉ。もう一軒行きましょう!」


「ダメだ、話にならないなこいつは。あんまりこういうことはしたくないけど……」


 肇は最終手段に出る。柚希の鞄を漁り、住所が判明しそうな物を物色する。すると、財布の中から保険証が出てきた。肇は保険証の裏を確認する。そこには手書きの住所が記載されていた。


「同じ東区か。案外近い所に住んでたんだな。えーっと、マンション名は……、これか」


 肇はスマートフォンを取り出し、柚希の住むマンション名を検索する。その結果、肇とはさほど離れていない場所に住んでいることが判明した。


「ということは、まずは僕が先に降りて、あとは運転手に位置が表示されたマップでも見せとけば、勝手に送ってもらえるだろ。お金は後日徴収するか」


 帰宅の方法が決まった肇は、道に体育座りをして地面をなぞるという謎の行動をしている柚希を横目で注視しつつ、走ってくるタクシーを捕まえようとした。幸い、そこは大通りだったので、ものの数分でタクシーは捕まった。


「カケルさん、タクシー来ましたよ!」


 暴れる現行犯を連行するがごとく、肇は柚希をタクシーの後部座席に押し込む。運転手の顔がかすかに曇ったのが確認出来た。酔っ払いは歓迎されないのだろう。肇は「すみません」と一声かけておいた。


「よろしくお願いします。行き先は……」


 肇は運転手に行き先を伝える。運転手がそれを確認したあと、タクシーは最初の目的地である肇の自宅へと走り出した。肇は、柚希が車内でも大暴れすることを覚悟していたが、幸いにも柚希はすぐにいびきをかいて寝てしまった。


 一時的に柚希の介抱から解放された肇は、タクシーの中で今日のことを回想していた。特に、椎名とアリサと話した時のこと。自分の好きなもの、自信のあるものを書く。それがたとえなかなか評価されなくても。しかし、評価されない日々が長く続いているのも事実。流行に乗るべきか。それとも安易に流行に乗らず、今後も自分を信じて戦っていくべきか。

 しかし、何せまとまりなく、かつ難しいテーマである。タクシーの短い乗車時間の間に結論がまとまるわけがなかった。ただひたすらに、それぞれの思いや考えが肇の頭の中を無秩序にぐるぐると駆け回っていた。


「お客さん、ここらへんですよね? どこで停まりましょうか」


 気付けば肇の自宅に近くにまで来ていた。家に着いたら風呂にでも入りながらゆっくり考えよう、肇はそう考えた。


「あ、この辺りで大丈夫です。自宅はすぐそこですから。ありがとうございます」


 肇の自宅の前でタクシーを停めてもらい、一旦柚希を叩き起こして代金を多めに渡しておく。そしてタクシーを降り、最後に柚希に挨拶をしておこうと後ろを振り向いた。

 しかし、あろうことか柚希はその代金を運転手に支払い、そしてお釣りを貰ってから一緒にタクシーから降りてきてしまった。


「いや……、違っ……、ちょっと運転手さん!」


 その声をかき消すようにドアが締まり、タクシーは行ってしまった。


「あれぇ? ここどこの店ですかぁ? ちょっと、聞いてますかぁ?」


 ふと横を見ると、柚希が電柱に向かって話しかけていた。周りを行き交う人々は、それを不思議そうな、はたまた呆れたような顔で見ていた。


「やべぇ、僕まで恥ずかしくなってきた! と、とりあえず家に上げるか……!」


 肇は柚希をこのまま放置しておきたい気分であったが、事故に巻き込まれたり、または事件を起こされでもしたらたまったものでない。完全に電柱を肇だと勘違いして話している柚希を引っ張り、ひとまず自宅に入れる。


「ほら、水飲め、水。全く、仕方がないなこいつは……。しばらくはここにいた方が良さそうだな。酔が覚めたら帰ってもらうか」


「あら? 私にくれるんですか? 優しいですねぇ! ありがとうございまぁす!」と言った柚希は、肇から差し出された水を一瞬で飲み干す。ふうっ、と一息ついた後、少し落ち着いたのかその場にゆっくりと座り込んだ。その様子を見届けた肇は、荷物を降ろし、そして汗で汚れた服を脱ぎながら柚希に話しかけた。


「少しは落ち着いてきましたか? 酔いがさめたらちゃんと帰宅するんですよ。カケルさんも明日仕事があるだろうし」


 肇はたしかにそう言ったはずだった。しかし、柚希からは何の返答もない。おかしい、と思った肇は柚希の方を向く。


「もう一軒……、行きますよぉ……」


 柚希は屍のように眠りこけていた。

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