真実の愛って言ったよね!?
◇◇◇
「お姉さま……ご機嫌よう」
オリビアは、勝ち誇った顔で馬車から降りてくる少女をぽかんとした顔で見つめた。
――――オリビアの前に突然妹と名乗る少女が現れたのは、今から半年前のこと。なんでも、オリビアの父であるレドモント公爵が、平民の女に産ませた子ども……らしい。
レドモント公爵に認知されることはなかったが、まだ若く、美しい母親は新興男爵家の後妻に迎えられた。その際少女も男爵家の養女となり、貴族学園に転入してきたと言うのだ。
ふわりと揺れるストロベリーブロンドの髪。甘いピンクサファイアの瞳。
「ようやく逢えましたわ。私ずっとお姉さまにお逢いしたかったの」
にっこりと微笑む姿は天使のように可愛く、あどけなく。オリビアは言いたい言葉を思わずのみ込んだ。
しかしこの『妹』。少々非常識な性格の持ち主で。度々周囲とトラブルを起こしていた。特に、婚約者のいる貴族令息への馴れ馴れしい態度は、他の貴族令嬢たちの反感を買うことになる。
それだけではない。何故かことあるごとにオリビアに対抗意識を燃やし、付きまとってくるのだ。
今も、突然公爵邸に乗り込んできた妹……エリーに、オリビアは驚きを隠せないでいた。
「エリー?なぜあなたがここに……悪いんだけど、今日は大切なお客様がいらっしゃるから。何か用事があるなら、日を改めてくれないかしら」
今日は婚約者である、ササリー侯爵家の嫡男フレデリックとの、月に一度のお茶会の日だ。婚約者同士の語らいの場に、他人が同席することは失礼に当たる。
しかし、エリーに続いて馬車から降りてきたフレデリックに、オリビアは目を見開く。
「駄目だよ、エリー。僕のエスコートを待たないと」
「きゃっ。ごめんなさいフレデリック様。学園以外でもお姉さまに逢えて嬉しかったからつい……」
「そんな無邪気なところも可愛いんだけど。全くエリーは仕方ないな」
なんだかいやに親密な二人の姿にオリビアは首をかしげる。少々非常識なエリーはともかく、フレデリック様ってあんなキャラだったかしら、と。
一応婚約者ではあるが、フレデリックのことは特に好きでも嫌いでもない。
決まった以上、いずれ結婚しないといけないんだろうなあ、という程度の気持ちしか持ち合わせていない相手だ。
イケメンでも能力が高いわけでもなく、面白い話ができるわけでもない。毒にも薬にもならない、いたって平々凡々の男。それがフレデリックである。
オリビアと釣り合いが取れる家柄で、たまたまちょうどいい年回りだったので婚約者として選ばれたに過ぎない。
まぁ、婚約してみれば想像以上に無才だった訳だが。婚約破棄にいたるほどの失態もないため、今まで婚約者の地位を保っていたのだ。オリビアが特に嫌がらなかったからと言うのも大きい。
(婚約破棄とか、凄く面倒だし……)
オリビアの本心は、ただ面倒臭かっただけだ。
「オリビア、実は君にお願いがあるんだ。エリー、こっちにおいで?」
「はい。フレデリック様……」
だが、もじもじと恥ずかしそうに肩を並べる二人の様子を見て、これから言わんとしていることが分かってしまった。
「実は僕たち、愛し合ってるんだ。それで、オリビアには本当に申し訳ないんだけど、エリーと結婚したいと思ってる。祝福してもらえないだろうか」
面倒ではあるが。相手がそう言うなら仕方ないだろう。
「私は別に構いませんけど……フレデリック様は、本当にそれでよろしいのですか?」
「本当かい!?もちろんだよ!僕はエリーとの真実の愛に目覚めたんだ。ああ、ありがとうオリビア。感謝するよ」
「ありがとうお姉様!わたくし達幸せになるわっ」
盛り上がる二人の姿に、オリビアは、
(まぁいっか)
と思った。何しろ本当に興味がなかったので。
「そう言うことらしいわ。面倒だこと。お父様に伝えて、すぐに婚約破棄の手続きを進めてちょうだい」
「かしこまりました」
◇◇◇
―――――数ヶ月後
「オリビア!これは一体どういうことなんだっ!」
「お姉さま!お姉さまが裏から手を回したんでしょう!」
またも、婚約者とのお茶会の席に乱入してくる二人。今日は新しく婚約者となったクリストファー王子との初めてのお茶会だ。
「まぁ、二人とも大きな声を出して……一体どうしたの?」
二人の様子にオリビアは首をかしげた。あれほど幸せそうだった二人だが、今日はやけに荒んで見える。
フレデリックとエリーはオリビアに対する怒りを隠そうともしなかった。
「白々しい!君がこんなに陰険な女だったとはなっ!」
「お姉さま、酷すぎます!」
そう言われても、さっぱりわけがわからないのだが。
そこに、クリストファーがさっと止めに入る。
「フレデリック、何事だ?オリビア嬢に対してあまりに無礼だぞ。そちらの君も。一体なんなんだ」
「ク、クリストファー王子!どうして王子がここに……」
「私が私の婚約者の家にいて、何かおかしいか?」
「お、オリビアが王子の新しい婚約者……」
フレデリックは王子の言葉に呆然と立ち尽くす。
「王子ですって……」
隣で聞いていたエリーも悔しそうに顔を歪めた。
「それで?私の大切な婚約者に一体何の用だ?」
不愉快を隠そうともしないクリストファーの態度に、フレデリックは流石に怯み、口をつぐんだが、エリーの怒りは収まらない。
「お姉さまが……この女が!私たちの生活をメチャクチャにしたのよっ!」
エリーの言葉にオリビアは首をかしげた。
「一体何のことかしら。私には見当もつかないのだけど……」
「白々しいっ!お母様と私が男爵家を追い出されたのは、あんたのせいでしょう!」
いや。そんなのは初耳だが。
「フレデリック様が侯爵家を勘当されたのも!全部あんたの仕業でしょう!」
「……ああ。そういう……」
エリーの言葉にオリビアはなんとなく察しが付いた。
「それ全部、あなたのせいでしょ?」
オリビアの言葉にポカンと開いた口が塞がらないエリー。
「ど、どうして私のせいになるのよ」
「ササリー侯爵家は、私の持参金を当てにして、新しい事業を進めてたの。今回婚約が解消されたことで、一気に事業の見通しが立たなくなったらしいわ。だから、新たに後継者を立てて、資産家の令嬢と結婚する必要があるみたい」
オリビアの言葉にエリーは息を呑む。
「それと、美しい娘を持つ平民出身の妻を下級貴族が迎えるときは、大抵その娘に利用価値があるからよ。あなたは使えない。男爵にそう判断されたのじゃなくて?」
例えば貴族令嬢として箔をつけてから、大金持ちの商人の嫁にする。大抵そうして小金を稼いでいるのだ。
そう説明すると、エリーは絶句した。
「そ、そんなっ……私だって、公爵家の血を引く娘なのにっ!どうして私ばっかり……」
「ごめんなさい、そのことなんだけど……私達、姉妹と言うにはあまりにも似ていないと思わない?」
オリビアも、オリビアの父であるレドモント公爵も、王家と同じ、美しい黒髪に紫水晶のような瞳を持っている。
「そ、そんなの、母親が違うんだもの。当然でしょう!」
「でも、残念ながらあなたに父と似てるところは何一つないわ。それに……」
「なによっ!」
「ちょうど貴方が生まれる前ぐらい、レドモント公爵を名乗る詐欺師が逮捕されたのをご存じ?」
「さ、詐欺師……」
「ええ。貴族に憧れる平民の女性をターゲットにして、何人もの女性を騙して捕まったの。もとは旅回りの役者崩れらしいのだけど……あなた、その男にそっくりなのよね……」
おかげで当時も、公爵家のご落胤を名乗る弟や妹が大量に押し掛け、迷惑を被ったものだ。
「そ、そんな……」
「まだ、そんな話を信じてた子がいるなんて思わなかったんだけど……被害にあわれた貴女のお母様も貴女も気の毒で、学園では口をつぐんでいたの。もちろん、貴女のお母様と男爵には、我が家の顧問弁護士を通じて当時の資料と共に真実を伝えましたけど」
真実を前に言葉もなく立ちつくすエリー。
「そ、そんな……じゃ、じゃあ僕たちはこれからどうしたらいいんだ」
「真実の愛があるなら……これから二人で乗り越えていけるんじゃないかしら」
呆然とする二人を困ったように見つめるオリビアとクリストファー。
「ぼ、僕はエリーとの結婚は諦めるっ!誰とでも結婚するから、君から父に取りなしてくれないかっ!」
「まぁ……」
「なっ!私だって侯爵家の跡取りになれないあんたなんかお断りよっ!他にいくらでもいい男はいるんだからねっ!」
ギャーギャーと騒ぎだした二人を、クリストファーが呼んだ公爵家の衛兵がまとめて連行していく。今後は公爵家の警備を強化したほうがよさそうだ。
♢♢♢
「残念ですわ。小説のような真実の愛が見られると思ってましたのに。真実の愛なんて、なかなかないものなのね」
オリビアはポツリと呟いた。
「真実の愛、ですか」
「ええ。こんなことを言うのは、夢見がちでおかしいかしら」
「いいえ。素敵なことだと思いますよ」
にっこりと微笑むクリストファー。
「僕は、あなたのことがずっと好きでした。だから、貴女がフリーになったと聞いて、すぐにあなたの夫候補に立候補したんです」
「まぁ……」
「真実の愛は、これから僕と二人で探してみませんか?」
「ええ。喜んで」
オリビアはクリストファーをチラリと見つめると、ポッと頬を染める。
彼となら、真実の愛が見つかるかもしれない。
オリビアは、すっかり冷めてしまった紅茶を捨て、新しく入れ直した温かい紅茶を口にする。
―――いつかあの二人にも真実の愛が見つかるといいわね。
まぁ、別にどうでもいいけど。
おしまい
四月咲 香月さまから素敵なFAをいただきました!
オリビアとエリー
エリーとオリビア
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