外伝2−4.子どもを見せてください?
切り裂きジャックと命名されて、もう2ヶ月。今のところ捕まっていない。私は庭でのんびりとアリスの相手をしていた。大公家は城というより、屋敷という表現が近い。大きな平家で、イメージは平安京とかの公家屋敷。廊下は石造りだし、全体に洋風だけどね。
庭に飾られた聖獣の像に寄りかかり、クッションと毛布の間で欠伸をした。アランのいる執務室が見える場所で、今日は珍しく誰もいない。エルは仕事で呼び出され、アゼスとリディは近隣国との会議があるんですって。
「まま、これ」
何かを捕まえたみたい。左右に揺れる不安定な状態のアリスを、侍女達がサポートする。この辺はお任せしている。転んでも経験だし、ちゃんと歩けたらそれも大切な体験だから。
「何? 見せて」
ぱっと手を広げたアリスは、首を傾げた。どうやら捕まえたものが逃げたみたい。半泣きになって、小さな虫の説明を始めた。蟻かしら? 知っている生き物で近いのは、蟻のような気がする。
「泣かないで。また見つけたら見せてちょうだい」
こくんと頷き、アリスはまた虫探しに歩き出す。揺れる幼児の歩き方は、どうやってバランスを取っているのか。意外と転ばないものだ。見送った私は、再び聖獣の像に寄りかかった。最近はお腹が苦しくて、やや反り返っている方が楽なのよ。体重を預けた像の上に、ふっと影がかかった。
「っ!」
叫ぼうとした私の口を、黒い手が塞ぐ。甘い匂いがする。くらりと倒れかけた私を、黒い腕が抱えて走り出した。揺られる腹へ手を当てる。だめよ、揺らしたら赤ちゃんが……。
目を覚ました私は、大切なお腹をまず確認した。両手で包むように撫でて、傷や痛みがないことにほっとする。
「良かった」
「お願いがあります」
呟いた瞬間、死角になる頭の上で声が聞こえた。寝転がった状態だった私は首を動かし、座っている人影を見つける。黒い手足、白い獣耳、でも顔立ちは人だった。ファンタジーで見かける、獣人かしら。
「あなたのお腹の中の子を、見せてくれませんか」
「……どうして?」
この子が切り裂きジャック? 警備が厳重な大公家の屋敷に入り込んで、私の子を見たいなんて。すごく理由が気になった。
「探しているんです」
ほっそりした少年のような子は、ぽつりぽつりと語り出した。聞けば、今までの妊婦さんにも事情を話して協力してもらったらしい。途中から怪談のように伝わったが、本人了承の上での確認で安全も確保していたとか。
当事者の家族から話が外へ漏れたのかも知れない。他の妊婦さんが協力した経緯も気になった。普通は我が子優先だと思うの。8人もの妊婦さんが協力したなら、よほど安全だったのかしら。
「誰を探しているの?」
「僕の片割れです。双子として生まれるはずだった、僕の半分です」
話された内容は、とても興味深いものだった。なるほど、協力しても大丈夫な気がしてきたわ。