76.こんなの、私らしくないよ
よっぽど酷い顔をしていたんだろうな。アゼスは仕事に戻らなかったし、リディも狐姿で私に寄り添う。もふもふした毛皮を撫でるだけで幸せだった昨日が嘘みたい。気持ちいいし柔らかいのに、気持ちは沈んだまま。
浮上しないのが申し訳なくなる。意味もなく涙が溢れるし、今後を考えると怖くなった。言葉で「大丈夫」と伝えてくれる皆を疑うわけじゃない。でも人の気持ちが変わるのは、知ってるから。
大きなソファベッドに皆で寝転がり、アゼスの逞しい腕を枕に、熊姿のエルに後ろから抱っこされて。リディが狐の姿で歌う不思議な旋律を聴きながら、ただ時間を過ごした。仕事で出かけたアランはいつ戻るの? もしかして、アランは新しい聖女と契約してもう帰って来ないんじゃないかな。
「そんなことないわ」
綺麗なお姉さん姿に変化したリディが、泣きそうな顔で私の頬に口付ける。嬉しいんだけど、声が出なかった。小さく頷くだけ。私、こんなに嫌な子じゃなかった。弱くもなかったんだけど。
前の世界では一人暮らししていたし、自立してたんだよ? 家族にお土産持って会いに行ったりしてさ。心配かけたこともほとんどなくて。恋人は出来なかったけど、友人はいたよ。
言い訳のように並べる言葉を遮るように、アゼスの声が心に響いた。
「そなたはきちんと自立している。甘やかした我らが悪い。そう責めてくれ。自らを傷つける言霊を吐くのは、毒だ」
私が誰であれ、どんな生き物でも支持する。そう告げる包み込む声は、言葉以上に雄弁に私の胸を満たした。自虐してる場合じゃない。自分に言い聞かせた。
不安なら、アランに会いに行けばいい。私より向こうの聖女を選ぶなら、こっちから切り捨ててやるんだから! 自棄になった気持ちがそう叫んで膨らみ、すぐに萎んだ。本当は二人の聖女なら、サラを選ぶと言って欲しいけど。
見回したソファベッドの上に寝転がる3人は、私を選んでくれた。それでいいじゃない。全部奪おうなんて、私らしくないよ。アランだって理由があるんだもん、たぶん。
不安な気持ちを吹き飛ばすように、叫んだ。
「アランのバカァあああああああ!!」
スッキリする。これでいい。文句があるならここまで来い! そう付け足して、大きく深呼吸した。
「ねえ、リディ。もう一人の聖女様に会いに行こうか。いいよね、エル。アゼスが背中に乗せてくれると嬉しいな」
にっこり笑って提案する。顔よ、引き攣るな。頑張れ。そう心の中で自分を鼓舞して、挫けそうな気持ちを奮い立たせた。出来るよ、私なら。
異世界から来て不安になってるだろう子に、優しく微笑みかけて。先輩として導いてあげなくちゃ。ただ絶世の美女だったら、少し態度が冷たくても許して欲しい。隣にアランが立ってたら、数発殴るくらい……許されるはず!
拳を握った私に、アゼスが大声で笑った。硬直していた場が和む。
「さすがは我らのサラだ。それでこそ聖女、いざゆかん。アランを殴るぞ!!」
ぶんぶんと腕を振り回すアゼスが、にやっと悪い顔をする。だから笑顔で頷いた。
「私が殴った後なら殴らせてあげる!」




