74.私に関係なく世界は回る
この世界に来て5年以上経つけど、初めて知った。聖獣が4匹なのは、世界に必要だから。この世界が崩壊せず維持されるには、4人が力を合わせる必要がある。その調和を保つのが、聖女の役目らしい。
「私、何もしてないけど」
「だってサラちゃんは、ここで生きてるだけで調和を保ってるわよ」
「そうですね。無理に何かを成す必要はありません」
またもや首を傾げる。聖獣が生きるためには、聖女が必要。で、聖女の私は何もしなくていい。あれれ? 存在するだけでいいって話かな。
「うふふ、自覚のないところがサラちゃんよね」
笑うリディがばさりと尻尾で私を覆う。口に毛が入っちゃう! でももふもふは好き。矛盾した感想が同時に浮かび、迷った末に抱き付いた。このもふもふ過ぎる尻尾が悪い。
「サラがもし、性格の悪い幼女なら我々の結束は崩れたでしょう」
「……うん?」
「可愛くて誠実な聖女様で幸せだという話です」
誤魔化されたのかな? アランが言うには、女神様が選んだ聖女で問題が起きたことはない。今回はイレギュラーだったけど、女神様が溶け込んでいる。最高の聖女だと締め括られた。
自分では女神様が入ってる部分は、外見の色とお顔立ちくらいだと思う。中身はまるっと私のままよね。銀髪も青い瞳も、愛らしい幼女の姿も。過去の私は持ってなかったもの。
「我々はあなたが幸せになることが一番で、それ以外はどうでもいいのです。これが聖獣という生き物の正体ですよ。世界の平和を願う存在ではなく、自分達と聖女が生きていくのに不自由がない状況を作るため、多少なり努力する。その程度の感覚しかありません」
ふむ。そう言われると身も蓋もない。でもしっくりきた。世界の平和やバランスを保つ目的で、不老長寿を与えられて聖人のように生きる皆が想像出来ないから。
私が知ってる人間と同じ、身勝手で欲深い部分も持ってる。でも譲り合う気持ちや優しさもあった。すごく人間臭いんだよね。皇帝のアゼスもそうだけど、人の頂点に立ってても違和感ないの。それって欲があるからだよ。
聖人君子が国の頂点に立ったら、バランスが悪い。きっと清らかな生活を求めるでしょ? 子作りの行為は穢らわしい扱いだし、必要以上に蓄財するのも嫌われるはず。宗教家として考えれば、例えとして理解しやすかった。
万が一にも蓄財や備蓄をしていなければ、災害があったときに持ち堪えられない。性行為がなくなれば、少子化が進んで滅びちゃう。そういう欲がある聖獣じゃないと、世界のバランスが崩れるんじゃないかな。
きっと、この世界を作って管理してる女神様は、それに気付いてるよね。
「賢いですね、サラ」
ぺろりと顔を舐められる。聖獣姿のアランは、普段と違ってスキンシップが多い。ネコ科特有のざらりとした舌に、くすくすと笑いながら転げ回った。
「まあいいや、私、幸せだもん」
世界がどうとか、私が考えなくてもいいはず。私がいなくても世界は回り、いても世界は平穏なまま。なら、無理にあれこれ動こうと考えない方がいいよ。寝転がった私の耳に、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえた。きっとエルだ。
黒豹の耳もぴるんと動いて、私の真横を陣取った。こういう嫉妬も、可愛いと思っちゃうあたり……結構重症かも。毛皮に抱きつきながら、私はふふっと笑った。