69.身重の妻が失踪……?
灰色の狼は平たく体を潰して、逆らいませんと訴えた。動物は弱肉強食だから、負けたら勝者に従うのがルールなんですって。今回はエルとアランがいるので、私が弱くても襲われない。
「ねえ、コウの旦那さんかしら?」
私が首を傾げて尋ね、エルが翻訳する。アランとエルが詳細に聞き取った結果、思いがけない事情が明らかになった。
最愛の妻が身重になり、ある日突然失踪したというのだ。コウに尋ねた時も、困ったような顔をしてたわね。もしかして妻になったコウに酷いことしなかった? 無理やり襲うとか、上から押さえつけたり噛んだり。
例えを聞く度に、父親と思しき灰色狼は違うと訴えた。安全に産めるよう巣を作っている矢先、何も言わずに消えてしまったのだと鼻を鳴らす。これは双方の顔を合わせた上で話を聞くしかない。
「帰りはアランに乗せてもらうから、エルはその狼さんを連れてきて」
「……それくらいなら転移する」
ぼそっと吐き捨てたエルが魔法陣を作り、本能的に怯えて後ずさる灰色狼を蹴飛ばして転移した。きゃんと甲高い悲鳴が聞こえたが、転移の際に尻尾が切れてないわよね? 心配になったけど、すぐにエルは戻ってきた。
「灰色狼は無事だよ。戻ろう?」
「私の予感ですが、コウが失踪したのは……」
話の途中で魔法陣が私達を包み、エルの魔法で宮殿に帰った。敷地内は広いけど、なぜか庭に到着し、そこからどちらの背に乗るかで揉める。
「さっきはエルだったから、今度はアランね」
ちょっと不満そうだけど、エルはごねなかった。自分でもそうかな? と思ってたみたい。私はいつも公平になるよう、交互にお願いしてるから。ここにリディやアゼスが加わると、もっと大騒ぎなのよね。私は一人で、体が一つしかないから。
黒豹の背中に乗って、途中で灰色狼を連れたエルと並んで走った。乗り心地はあまり変わらないけど、エルは横揺れでアランは縦揺れかな。アゼスは三次元で揺れるし、リディは意外にも静かで揺れないのよ。
宮殿の庭につくと、子狼達が遊んでいた。噴水の水が跳ねるのが楽しいみたいで、近づいては吠えて遠ざかる繰り返し。こうしていると、本当に子犬よね。好奇心旺盛な子ども達の近くで、コウは寝転がっていた。でも飛び起きて、全力で走ってくる。
がうっ! ばう!!
お互いに絡み合うように飛び掛かり、転がって首や背中を噛む。夫婦喧嘩? そう心配したけれど、アランがあっさり否定した。
「あれは喧嘩ではなく、イチャついてるの方が近いですよ」
あ、夫婦のコミュニケーションね。そう聞いたら途端に見ちゃいけない気分になって、慌てて両手で顔を覆った。やだ、夫婦の寝室に乱入した子どもの気分よ。
子狼も父狼に興味を持って近づき、足や尻尾に戯れている。間違って潰さないよう、灰色狼とコウは激しいスキンシップをやめた。その足元ではしゃぐ子狼3匹を、灰色狼がぺろりと舐める。親子の対面は成功みたい。あとは事情だけ聞きましょう。