64.幸せすぎて怖いなんて贅沢
リディと一緒にお風呂に入って、エルが乾かしてくれた。濡れた髪を整える間に、ベッドが用意される。侍女のお姉さんに頼んで、ベッドを二つ並べてもらった。
皇后陛下が、夫以外の男性と同じベッドはまずい。それは分かるの。でもソファは可哀想。ベッドが広いけど、一緒がダメならツインでどうかな? と。ダブルじゃ問題あるけど、ツインならベッドが少し離れてるから同じベッドじゃないし。
「ツイン……二つあるって意味ね」
ホテルで部屋を頼む時の言葉だけど、やっぱり翻訳できなかったか。そんな気がしていたんだよね。でもおおよその意味は通じたみたい。
「これなら同じベッドじゃなくて、でも隣で寝られるから」
大きい方のベッドに潜り込んだ私は、リディに背中から抱っこされて手を伸ばす。指先を握ったエルが隣のベッドで笑った。
「さすがは聖女様、サラの二つ名は慈愛でいいかな」
「え? そうね、もっと色々入れたいんだけど。才色兼備や天才も捨てがたいわ」
二つ名? やだ、そんなの恥ずかしい。心の中で盛大にバツを付けたけど、最終的に4人の聖獣で話し合うみたい。後世に伝えるのに必要だと言われ、余計に羞恥で悶えてしまった。
のそりと足元にコウが登ってくる。お行儀のいいコウは、柔らかい毛皮が触れられるけど、重さをかけないよう注意して位置どりをした。こういうところ、本当に賢いな。
「こっち」
ぱたぱたと小さな手でベッドを叩き、もう少し近づいたコウと鼻を突き合わせる。ご挨拶して目を閉じた。今日もいい一日だったな。こんなふうに働かないのに、贅沢して、宴会も出ちゃったし。前の世界での生活が嘘みたい。
うとうとする私は、響いてきた声に心の中で返事をした。欲しいものはないし、愛されてるし、幸せだよ。何も足りないものなんてない。前の世界に戻れなくても、衣食住足りていて、いつも誰かがそばに居てくれる。
満ち足りた気持ちで大きく息を吐き出した。だから心配しないで。私は幸せだから。
翌朝目が覚めて、寝る前の不思議な感覚を思い出していると……黒狼のコウがべろんと舐めた。顔を舐めるコウの舌は柔らかくて、擽ったい。笑いながらコウと戯れる私に、用意されたのは可愛いワンピースだった。
「宴会の翌日は公務がお休みなの。アゼスの背に乗って、湖へ遊びに行きましょう」
「僕は?」
「自分で移動してよ」
空を飛べるアゼスだけど、リディ以外の聖獣を乗せないみたい。皇帝陛下だし、誰かを乗せるのがダメなのかも。奥さんだからリディは特別かな。
「アランが料理を用意してるわ。準備が出来次第、移動しましょうね」
「おはよう、サラ。我らは先に行くぞ」
リディの説明に割り込んだアゼスは、着替え終えた私の姿を褒めて抱き上げた。可愛いと言われるのは、素直に嬉しい。ぎゅっと抱き付いた私は、庭からアゼスの背に乗って飛び立った。
アランとエルは、お弁当を作って追いかけてくる。肩からかけた水筒を両手で抱いて、リディに寄りかかって空中散歩を楽しんだ。
幸せすぎると怖いって、本当なんだね。ずっとこの平和が続きますように。