55.女の子だったので、コウと名付けた
大きな黒犬は、がうっと吠えた。大きなふさふさの尻尾を振って、こちらに駆けてくる。でも全力って感じじゃなくて、ちょっと急いだ早歩きみたい。とっとと軽い足取りで近づき、私の前で座った。すぐに伏せてしまう。ぺたんと顎を床につけた。
「サラに服従すると示していますので、撫でてあげてください」
アランに促され、私は手を伸ばした。実家で犬を飼ってたから、別に怖いと思わない。頭の上から手を伸ばすと犬が怖がるから、下から触るの。アゼスの膝から滑り降りて、顎から撫でた。
くーん、鼻を鳴らすのが可愛くて顎から首の脇へ手を伸ばす。嬉しそうに目を細めて鼻を鳴らすから、ついつい覆いかぶさるようにして撫で回してしまった。
この子、触り心地がいい。背中の毛は硬いけど、顎や頬の毛はふっさふさだ。もう少し仲良くなったら、尻尾ももふらせてもらおう。絶対に柔らかいと思う。お腹の毛も吸いたい。
「この子、どうしたの?」
「出掛け先で虐められていましたので、助けて連れ帰りました。サラへのお土産です。名前をつけてください」
「名前、ないの?」
可哀想。虐められてたなら、私と一緒でこれから幸せになるんだね。そうだな、何がいいかな。
「あ、女の子ですよ」
「じゃあ、コウ!」
幸せという漢字を書いて、コウにする。サチだと私の名前に似ちゃうから、ちょっと変えた。仲良くしようね。両手で頭を撫でる。嬉しそうに「がうっ」と鳴いた声に首を傾げた。
「不思議な鳴き声だね」
「ああ、この子は狼ですから」
「……おおかみ?」
狼って、あの狼? 日本だと絶滅してたけど、犬の上位種ってイメージ。すごく強くて犬のご先祖様だっけ。曖昧な知識で狼を思い浮かべる。集団で狩りをする動物じゃないのかな。
「どうして一匹なの?」
「子どもの頃に親と引き離されたようです」
なんて酷いことをするんだろう。私を呼び出した国といい、この世界は身勝手な人間が多いんだね。聖獣が国を治めてる理由がすごく理解できる。だって人間に任せたら、こういう悪さばっかりすると思うから。
アゼスは皇帝陛下で、リディは皇后陛下。大公国の王様がアランで、領主がエルだった。皆、人間を支配してるんじゃなくて、監督してる感じっぽい。
「コウ、いい名前をもらいましたね。サラをしっかり守るんですよ」
がうっ! 大きくて立派な返事。なんだ、私がお姉ちゃんじゃなくて、コウがお姉ちゃんか。ふふっと笑う。私の周りは優しくて強いもふもふがいっぱい!
黒狼コウに顔を舐められながら、私は私物を調べ始めた。足りなくなってる物はないみたい。使えそうなのは水筒くらい? リップや日焼け止めも使える。充電できないスマホは電源が切れていた。
あれこれと調べて、残念だけどお弁当は処分してもらう。水筒は洗ってもらうので、蓋を開けてアランに渡した。執事っぽい罰は終わったはずなのに、いつもありがとうね。