52.王家崩壊より羨ましい光景
失神して逃れようとした王女を、エルは容赦なく吊し上げた。豪華すぎて無駄なシャンデリアへ足を括り付ける。別に王女の足に興味はないので、スカートの裾ごと縛り上げた。
「目を覚ますまで、何して遊ぼうかな」
機嫌のいいエルが視線を向けた先で、国王がアゼスの足に縋る姿が見える。うん、あれでいいや。そんな呟きを漏らし、高そうな椅子に座って眉を寄せた。
「この椅子、見掛け倒しだ」
金をケチって職人に手抜きされたか、または商人にいいように騙されたか。どちらにしろ、高価と言えるだけの金額は払ったのだろう。権力にあかせて奪ったなら、もっと質の良い椅子のはずだから。辛辣な感想を抱きながら、柔らかいだけの椅子に身を沈めた。
職人手作りの渾身の作を愛用するバーベナ領主としては、不満が残る品質だ。顔に大きく不満を表明したエルの視線の先で、アゼスは足に触れた国王を踏み潰していた。まだ元の姿に戻る気はないらしい。もっともこの部屋は狭い。巨大すぎる鷲が現れれば、屋根が崩落するだろう。
「お願いだ、助けてくれ。宝物をすべてやろう、頼む」
「民の財産に手をつけるほど、金に不自由しておらぬ」
吐き捨てるアゼスは、サルビア聖獣帝国の皇帝だ。確かに金に不自由することはない。属国と表現する小国も守りながら、広大な土地を治めてきた。金も宮殿も妻も、一度だって困ったことはない。
そもそも、宝物庫を守る番犬がここにいる時点で、気づくべきなのだ。すでに王家の財産は差し押さえられている事実に。
「愚かすぎる。が、賢ければ聖女召喚もなさぬか」
愚かすぎて眩暈がする気分だが、もし国王が賢ければ……聖女の召喚はなかった。サラが呼ばれる必然はなく、女神が加護を与えることもない。それはそれで寂しい。悔しいが功績と呼べなくもないだろう。
「ふむ、功績に免じて軽く済ませてやろう。もちろん、俺の基準でだが」
うわぁ、ぐちゃぐちゃのばっきばきのパターンじゃん? 以前に見た「加減したけど失敗した国王」の末路を思い出し、エルは唇を歪ませた。サラを泣かせた連中なんて、殺してしまいたい。だが生殺与奪の権利を持つのは国民だ。ケイトウの民が明日蜂起する情報が入ったので、今夜決行したのだから。
彼らの正当な権利を奪うのは、聖獣のやることじゃないよね。少しつまみ食いするくらいが関の山だ。頭上のお姫様はまだ目覚めないので、視線を左へ逸らした。アランが王妃の指先と精神を微に入り細に入り砕いていく。折ってすり潰す彼の笑顔は、とてもサラに見せられなかった。まあ、その点は僕らも同じだけど。
繋がった心の声が、文句を伝えてきた。もっとやってしまえ、参加できなかったリディだ。肩を竦め、エルは指向性を持たせた声を返した。サラと一緒で楽しいでしょ? こっちの邪魔しないの――伝えた言葉への返答は、思わぬ映像だった。
リディのお腹に抱きついて、ぎゅっとしたサラの愛らしい映像。それも上からのリディ視点で、淡いピンクのドレスは裾が長い。つまり今夜はリディが抱っこして過ごすのだ。
「くそっ、羨ましい」
「逆の立場を選ぶべきでした」
呻くように絞り出されたアゼスとアランの本音に、エルは声を立てて笑った。